月下の献身

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月下の献身

【お題:愛、それは血 必須要素:バッドエンド】  首筋に牙を立てて、できる限り痛みを与えないように血を抜いていく。私は血を欲していたが、できれば彼に痛い思いはしてほしくない。  口内が彼の赤い体液で満ちる。  この瞬間だ、と思う。私がこの世界で最も幸福な時間。彼からの愛を余すことなく感じることのできる刹那。  彼の首から口を離し、見つめ合う。彼は青白い顔で、優しげに微笑む。私はそっと口づけをする。 「僕の血はこんな味なんだね。それとも、これは君の口付けの味なのかな」 「どんな味?」 「錆びついた鉄の味がするよ」 「それなら、それはあなたの血の味ね。私のキスは、もっと甘い味がするはずだから」  ねえ、と彼が弱弱しく呟く。  もっと、吸っていいよ。  分かったわ、と囁く。  拒む理由などない。彼が与えてくれる愛を、私はもっと感じたいと思っている。  月明りが照らす部屋。ベッドに寝ている彼の身体を、再度そっと抱き起す。彼の身体は薄く発光しているように見える。  噛み痕をなぞるように、さっきと同じ場所に牙を立てる。彼は少し息を漏らす。彼の体温を奪っていく。 「僕は、幸せだったよ」  掠れた声で言う彼。私は、ひどく頼りない彼の身体を強く抱きしめる。涙は出ない。人間じゃない私にそんな機能は備わっていない。 「最愛の恋人に抱かれながら、だなんて。これ以上の死に様はないと思うんだ」  彼の命を抜いていく。最期の瞬間まで。私は彼の傍にいたい。  愛、それは血。私にとってそれが全て。
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