リバース・シーフ

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リバース・シーフ

【お題:犯人は嘔吐 必須要素:唾液】 「だからやめとけって言ったんだよ」  僕は便器に向かって胃の中身を吐き続ける友人の背中をゆっくりとさする。 「あいつが料理下手なのなんて、最初から分かりきってだろう」  友人は返事をすることなく(いや、できないのだろうけど)ゴボゴボと嘔吐する。  数時間前、奴はチョコレートを盗んだ。友人の幼馴染が、友人以外の異性のために心を込めて作ったチョコレートだった。友人の幼馴染は、直接手渡せないからと言って意中の相手の靴箱にチョコレートをそっとしのばせるような、内気なやつだった。 「だって、うらやましかったんだ」  友人は唾液やら胃液やらで汚れた口許を腕で拭いながら答える。 「俺、あいつから本命のチョコもらったことねえもんよ」 「はいはい」  友人がまた吐き出したから、僕は背中をさすってやる。暗く、寒い男子トイレの一室。友人はいろんなものを吐き出している。胃の中身も、唾液も、涙も、その想いも、全部。  誰のためにチョコレートを盗んだのか、と問うてみたかった。友人はきっと、自分のためだと言うのだろう。そしてそれは、半分くらいは本当なのかもしれない。でも、料理下手な幼馴染のためだとは決して言わないのだろう。 「料理、教えてやったらどうだ?」  友人に言っても、返事はない。僕はこの男の、あまりに不器用で、あまりに身勝手な愛情表現をどうしても嫌いにはなれなかった。
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