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26:おかえり
八月二十六日。晴れ。
廃病院を前にして、ほとんど一週間ぶりだな、と慎吾は感慨にふけっていた。空に浮かぶたくさんの羊雲まで祝福してくれているようだ。夏草の香りを
湛えたそよ風もやさしく頬を撫でてくれる。遠くに聞こえるセミのやかましい鳴き声すらもが、心地よく胸に染み渡っていた。
しばらく来られないうちに分かったことがある。それは、廃病院こそが自分の居場所で、奈緒子と直人とワチコはかけがえのない友だちで、今年の夏休みは今まででいちばん楽しい夏休みだということだった。
あと六日で夏休みが終わるというのに、憂鬱感は微塵もない。
気がつくと、みんなに会いたいという思いが、いつもなら考えられないほどの速さで慎吾の足を動かしていた。
「おかえり」
207号室に汗だくのままで飛び込むと、奈緒子の透きとおる声が迎えてくれた。
「ひさしぶり」でも「おはよう」でもない、温もりのこもる言葉。
なんだか気恥ずかしくなって、
「た、ただいま」
と、慎吾は視線を床に落として言った。
マットに寝転がっていた直人が体を起こし、頬をかきながら笑顔で迎える。ワチコもおなじ表情で、やっぱりここが自分の居場所なんだな、と慎吾は思った。
「風邪はもう平気なの?」
「う、うん。昨日ずっと寝てたら良くなった。まだちょっとノドは痛いけど」
鼻をすすりながら答え、慎吾はマットに腰を下ろしてアグラをかいた。久しぶりに感じるマットの硬い感触も、この時ばかりは心地よかった。
「チャーがいないあいだ、大変だったんだからな」
直人が言う。
「え、なんで?」
「最近、みんな『バラバラ女』のことを噂してるらしくてさ、ホントは二学期までおとなしくしていたほうがいいんだけど、奈緒子がまた《バラバラ女のイタズラ》をやりたいとか言ってさ」
「だって、そのほうが面白いじゃん。みんなで考えたバケモノが噂になってるってだけで、ワクワクしない?」
「んでさ、二十二日だっけ、それくらいから、またあそこで人を驚かしてるんだよ」
「へえ。でもさ、みんながそういう噂話をしてるんだったら、もう危ないんじゃない? 信じてない人が正体を確かめようとしたりするんじゃないかな?」
「おれもワチコもそう言ったんだけどさ、でも奈緒子があの格好であの場所に立つと、なんか信じられないんだけど、みんなビビって逃げちゃうんだ」
「わたしの演技力のタマモノってやつね」
胸を反り返して威張る奈緒子に、バラバラ女のあの恐ろしい面影が重なる。
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