3:血塗れナース

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3:血塗れナース

 放課後。  慎吾はトボトボと独りで帰っていた。  次郎は学の家へ遊びに行くそうで、べつにどうでもいいのに「ごめんな」と何度も謝ってきた。たしか今日は、『シーズタークの冒険』というテレビゲームの発売日だ。家にゲーム機の無い子どもたちは、持っている友人の家へ足繁(あししげ)くかようようになる。たかがゲーム、されどゲーム。(うと)いヤツはバカにされるのがオチだ。慎吾も例に()れず、みんなにバカにされていた。  それでもゲームの面白さがイマイチよく分からない。漫画やテレビは好きだが、どう考えてもゲームが面白いとは思えない。去年の冬頃、『ジュキラスのクレイジーマシンガン』というシューティングゲームを学の家でやらせてもらったが、五分と経たずに飽きてしまい、コントローラーを放り投げて怒られたことがある。以来、大切なゲーム機を慎吾に触らせないと決めた学の家に、今日も行くことができない。 「バッカみたい……」  独りごちて、ふと前方に目をやった慎吾は、思わず足を止めた。  山下奈緒子が歩いている。距離はあったが、あの白いワンピースを見まちがえるはずがなかった。  不埒な好奇心に突き動かされた慎吾は、山下奈緒子のうしろ姿を追いはじめる自身の両足を制止することができなかった。  いずれはオフィス街になる、至る所をフェンスで囲まれた原っぱを呑気に歩いていく山下奈緒子をつかず離れずの距離で()けながら、「こんなところになんの用事があるんだろう?」と、慎吾は不安になった。それでも、まるで巨大迷路のように入り組むフェンスのあいだをためらうことなく進む山下奈緒子を、見失わないよう、見つからないよう、慎重にあとを尾けた。  たどり着いたのは丘の上の廃病院で、奈緒子はランドセルから取りだした懐中電灯を手に中へ入っていったが、慎吾はあとを追うことがどうしてもできなかった—— ◆◆ 『血塗(ちまみ)れナース』  総合病院の院長オザキは、優秀で、そして善人でとおる信頼のあつい人物だった。  しかし裏では、入院患者を夜な夜な《治療》と称して地下の実験室に連れ込み、凄惨な人体実験を繰り返してなぶり殺す、猟奇殺人鬼だった。  それを見かねたひとりのナースが止めるようオザキに忠告したが、そのナースもオザキの残忍な魔手にかかり、病院の裏の井戸に生きたまま捨てられ、闇の底で絶命する。  数日後、血塗れの怨霊となってオザキの前に現れたナースが、両手に持つ二本のメスでオザキの体に犠牲者と同じ数の五十六カ所の穴を空けて殺害した。  オザキの悪行が明るみになるとともに総合病院は潰れ、ナースは犠牲となった亡霊たちのために病室を徘徊する、血塗れナースとなった。 ◆◆  ——もちろん、そんなくだらない都市伝説を慎吾は信じていなかった。  さすがに五十六人も人を殺して警察にバレないわけないし、そんな状況になってるのに忠告しかしないナースなんて、まるでバカじゃないか。そう自らに言い聞かせ、『血塗れナース』を鼻で笑った慎吾だったが、それでもガラスの割れた入り口から薄暗い内部を覗いていると、不安を完全に拭い去ることはできなかった。  どこからか聞こえてくるカラスの鳴き声とやかましく吠えたてる犬の鳴き声が、いっそう濃く心の(うち)に影を落とす。だがこんなところで怯えていても、中で山下奈緒子がなにをしているのかを知ることはできない。
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