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「……怒ってないの?」
「だから、なんで?」
「ぼく、山下さんを尾けてたんだよ」
「わたしを? なんで?」
「なんかよく分からないけど、前を歩いてる山下さんを見つけて、気になっちゃって」
「ふーん。よく分からないけど、わたしべつに怒ってないよ」
「ホントに?」
「うん。でもちょっとガッカリしたけど」
「ガッカリ?」
「うん。やっと血塗れナースに会えるんだって、ちょっとワクワクしてたから」
「ごめん、なんか……ぼくで」
「いいよ、気にしないで」
やっとのことで顔を上げると、目の前の山下奈緒子は微笑んでいた。
「でもホントにごめんね」
「だからいいよ、謝らなくて」
言って、山下奈緒子はシッポを振る大型犬を優しく撫でた。
「山下さんは、なんでこんなところにいるわけ?」
「言ったらバカにされるかもしれないけど、血塗れナースに会いに来たの」
「血塗れナースに? なんで?」
「うーん、ただの好奇心。わたし、言ったと思うけど、そういう話が好きなの」
「でも、山下さんみたいにアタマのいいコが、『血塗れナース』なんてどうしようもない話を、なんで信じるわけ?」
「わたしも本当に信じてるわけじゃないけど、ワチコちゃんにこのまえ聞いて面白そうだなって思って。わたしね、噂話がどんなにバカバカしくても、そんな話があるってことは、やっぱりそこにはその噂話ができるだけのナニカがあると思ってるんだ」
「火のない所に煙は立たない?」
「そうそう、そういうこと」
「でも、いなかったんでしょ?」
「うん。もし本当にいたら、メチャクチャに刺されて死んでるとこだけど、アハハ」
「……すごいね。ぼくは、ひとりでこんな怖いところには来れないよ」
「来てるじゃん」
「あ、うん、でもそれはほら……」
しどろもどろになった慎吾は、山下奈緒子の傍らの犬を見て、苦し紛れに話を逸らした。
「こ、この犬たちはなんなの?」
「タローにジローにサブローにシロー、それにこのコは女の子だから、イツコちゃんね」
「名前じゃなくてさ、なんで犬がここにいるわけ?」
「わたしにも分からないけど、初めてここに来たときにはもういたんだよね」
「ふうん、それでなんでエサなんかあげてるわけ?」
「だって、かわいそうでしょ。多分このコたち捨て犬なんだよ。ていうか宮瀨くんさ、さっきから、なんでなんでばっかりだね」
「あ、うん、ごめん」
「べつにいいんだけど。それより、わたしも聞きたいことあるんだ」
「あ、うん、なに?」
「なんでチャーなの?」
「え?」
「あだ名」
「あ、ああ、それね……」
正直、《チャー》の由来なんて思い出したくもない。
「……えっとさ、ぼく、デブでしょ。デブだからブタ、ブタだからチャーシュー、チャーシューだからチャー。ひどいでしょ、太一につけられたんだ」
「あー、アハハ、なるほど。ひどいけどセンスあるね、木村くん」
「え、あ、うん」
「あれ、ごめん、怒った?」
「そんなこと、ないけど」
少しだけ傷ついたが、同時に、教室では見せない山下奈緒子の一面を垣間見ることができた幸運にバンザイしたい嬉しさも湧き上がっていた。
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