3:血塗れナース

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「でも大丈夫なの? 帰らなくて」 「うん、少しくらいなら平気。ぼくんチさ、お父さんもお母さんも働いてて夜遅いんだ」 「え、そうなの? わたしも一緒。まあ、わたしがいるかどうかなんて、気にするヒトたちでもないんだけどね、ホーニンシュギだから」  一瞬、言いようのない悪寒が背筋に走った。  いまの山下奈緒子の言葉、とても冷たかった。  親と、あまりうまくいってないのだろうか?  訊いてみたかったが、そんな勇気なんてあるはずもなかった。 「でも、ぼく、もう帰ろうと思うんだ。山下さんはまだいるの?」 「じゃあ、途中まで一緒に帰ろ」 「うん」  山下奈緒子の言葉が、嬉しかった。一緒に帰れることもそうだが、なによりも暗闇に閉ざされた廊下をひとりで戻れるわけがなかったから。  犬たちに別れを告げた奈緒子と一緒に病院を出て帰路を歩きながら、慎吾は、 「山下さん、明日もここに来るの?」  と、何気なく訊いた。 「うん。一週間くらいずっと来てるし、明日も行かないとタローたちお腹空かしちゃうでしょ」 「うん、そうだね。そういえば、図工の時間に山下さんが提出した絵ってさ、あの犬たちを描いたの?」 「うん、そうそう。うまく描けてたでしょ。あれね、土曜日にあそこに泊まって、ずっと描いてたんだよ」 「え、泊まって?」 「うん」 「心配されなかったの?」 「さっきも言ったけど、わたしがいるかどうかなんてどうでもいいんだよね、ウチのヒト。夜中に部屋から抜け出して散歩するのが趣味なんだけど、それも気づかれたことないし」 「そう、なんだ」 「宮瀨くんは、そういうことしないの?」 「し、しないよ。お父さんとか、メチャクチャ怖いもん」 「ふうん、じゃあ今度、バレない方法を教えてあげる」 「あ、うん、ありがとう」 「宮瀨くんは、学校が終わったあとなにやってるの? 部活とかしてないでしょ」 「うーん、すぐ家に帰って、マンガ読んだり宿題したり、かな」 「ふうん」 「……」 「……」 「……あ、あのさ、ぼく、明日もあそこに行っていい?」 「え、ホントに?」 「ご、ごめん。ダメならいいけど」 「全然ダメじゃないよ。じゃあ、あそこ、わたしたちの秘密基地にする?」 「え、いいの?」 「うん。わたしね、秘密基地にちょっと憧れてるんだ。だけどほかの女子ってそういうの興味ないでしょ。前の学校でもそうだったし、ここでもやっぱり興味あるコいないみたい」 「そりゃそうでしょ」 「アハハ、そうだよね。でも男子に混じって秘密基地を作るのも、なんかちがうなとか思うし。だからあそこにいて、すごいそういう感じがして楽しかったんだけど、やっぱひとりじゃ、つまんないんだよね」 「分かった。じゃあ明日から行くよ」 「うん。あ、でもひとつがあるよ」 「な、なに?」 「これからは友だちだから、宮瀨くんのこと、あだ名で呼んでいい?」 「……うん、いいよ」 「じゃあ、宮瀨くんも、わたしのこと山下さんって呼んじゃダメだよ」 「え、うん。なんて呼べばいいの?」 「山下とか、奈緒子とか、それかあだ名とか考えてよ」 「えー、ぼくそういうのニガテー」 「じゃ、奈緒子でいいよ」 「うん分かった、そうする」 「じゃあ、わたしこっちだから。チャー、またね」 「うん、またね……奈緒子」  別れを告げ、商店街の雑踏に消えた奈緒子の後ろ姿をなんども脳裡に浮かべるうち、慎吾はイヤでイヤでしょうがなかった自分のあだ名が、とても愛おしくなっていた。
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