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——マンガを読み終えたふたりは、無言だった。
いったい何が何やら分からないうちに股間がむず痒くなってきて、慎吾は姿勢を色々と変えながら、わざとらしく咳払いをひとつした。
セトくんも、おんなじ感じだった。
初めてのエロ本は、刺激が強すぎた。
慎吾は、ただおっぱいを揉んで気持ちよくなるんだ、くらいのことを想像していたから、その先にAとナースが進んだとき「あ、これ以上、読むのはまずいかもしれない」と思いながらもページをめくる手を止められない自分と、抑えがたい妙な興奮と、頭からつま先までを貫く背徳感とに、心底おどろいていた。
となりで興奮しながら読んでいたセトくんも、その段になってからは急に黙り込み、荒くなりそうな鼻息を必死に抑えている様子だった。
読まなきゃよかったと思いながら、また同時に《セックス》というのがどういうものかもっと知りたい、というフワフワとクラクラとゾクゾクとドキドキとがない交ぜとなる薄ぼやけた膜に全身を包み込まれていた。
「……ごめん、ぼく帰る」
「……うん」
「……セトくんはどうするの?」
「……もうちょっと、いようかな」
「そう……じゃあね」
「あ、待って」
「なに?」
「コレ、置いてくの?」
「うん、だってそんなの、家に持って帰れないよ」
「ふうん……」
「……じゃあ、また明日」
「うん」
「……じゃあね」
「うん……」
秘密基地を出た慎吾は、頬に冷たいものを感じて空を見上げた。
雨がポツリポツリと降り出していた。
秘密基地の中からは、ペリッ、ペリッ、という吸い込まれてしまいそうな音が聞こえる。
心を奪われないよう、慎吾は無我夢中で駆け出していた。
家に着いてから、慎吾は『妖怪博士 目羅博士』を読み忘れたことにようやく気がついたが、どうでもいいことのように思えた。それから寝るまで、あのマンガを思い出してボウッとしていた慎吾の耳には、いつもなら心地よく鼓膜を揺らすはずの雨音さえ届かなかった。
それが慎吾のとても甘くてとても苦い思い出で、恥ずかしくて女子とまともに目を合わすことができなくなるきっかけでもあった。セトくんとはあのあとも普通に遊んだし、秘密基地も、小五の八月の縁日の次の日に行ったら、なぜかメチャクチャに壊されていてブルーシートはだれかに盗まれていたけど、本当にエロ本の一件のほかは普通に普通だった。
だが小六になってすぐにセトくんは学校に来なくなって、噂では、近所の小さいオンナノコを秘密基地に連れ込んでイタズラをしようとしてケーサツに捕まって、今はずっと家から出てこないのだとか。噂が本当なら、セトくんはあの日あのエロ本を読んでからおかしくなっちゃったのかもしれない。
だから、怖くてセトくんに会いに行けなかった。
以来、慎吾は《セックス》のことを考えないようにしていたし、神社にも近づかないようにしていたし、薄情とは思いながらもセトくんのことを忘れるように努力していた。
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