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5:「お前」
給食後の昼休み。
「神社に行ってみない?」
という奈緒子の提案に、慎吾は思わず大きなゲップを出してしまった。
となりの吉乃の席に座る奈緒子が笑い、
「大丈夫?」
と言って、また笑った。
廃病院で一緒に遊ぶようになってから一週間が経ち、慎吾はいつの間にか奈緒子といちばんしゃべるようになっていた。当たり前のようにしゃべりかけてくる奈緒子と周りから突き刺さる視線に最初のうちは戸惑いもしたが、優越感のほうが勝っていた。
「でもなんでさ?」
「え?」
「神社に行くって」
「チャー忘れたの? 昨日、チャーが神社にある都市伝説のこと言ってたからだよ」
「ああ……」
確かに神社のご神木にまつわる都市伝説を奈緒子に話していた——
◆◆
『失恋大樹』
神社の大きなご神木には、《恋愛と復讐の神様》が宿っていると言われている。
好きな人に失恋した人が失恋大樹に《フった相手の名前》か《フッた相手の好きな人の名前》を五寸釘で彫り込むと、その日から十五日間は徐々に不運が訪れて、十五日目に、恨みの大きさに合わせてその人へ《恋愛と復讐の神様》が神罰を与えてくれる。
神罰がくだるのをやめさせるには、書いた本人にその名前の上から大きな×印をつけさせなければならず、それ以外に神罰を食い止める方法はない。
◆◆
——奈緒子の気を惹くためにこの町の都市伝説をいくつか聞かせたが、まさかよりにもよって『失恋大樹』に興味を持つとは思わなかった。ほかにも『金田鉄雄の家』や『のいず川のドクロネズミ』や『ハンマーおじさん』の話をしたっていうのに。
「でもさ、神社にはあんまり行きたくないんだ」
「なんで?」
「なんでって言われても困るけど……」
「じゃあいいじゃん。行こうよ」
「うーん、ほかの所にしない?」
「ほかって?」
「ほら、たとえば——」
言葉を遮るように背後から大きな舌打ちが聞こえ、振り向くと純平が睨みつけていた。
「ちょっと他の所でしゃべってくれないかなマジで勉強の邪魔だから」
早口でまくし立てた半ギレの順平が奈緒子を睨み、
「山下さんはアタマいいからマジで分かんないかも知んないけどおれあんまりアタマ良くないからマジでいっぱい勉強しないといけないんだよマジで!」
と、さらにまくし立てた。その小豆大のホクロがある鼻の頭が汗で濡れている。
「ごめんなさい」
しおらしく謝る奈緒子を見た慎吾は、悪いのはこっちだと分かっていながらも、
「べつに奈緒子が謝らなくてもいいよ」
と、口に出さずにはいられなかった。
「どういう意味だよそれマジで」
「そういう意味だよ。お前、アタマいいんだから、それくらい分かるだろ。あ、そっか、アタマ悪いんだっけ?」
慎吾は乱暴な言葉が嫌いで、特に《お前》という呼び方が嫌いだった。だから今まで人を《お前》呼ばわりしたこともなかったのに、このとき初めて人をお前と呼び、罪悪感をおぼえながらも胸の裡からほとばしる怒りに身を任せていた。
「なんだよそれなんでチャーが怒ってんの?」
「お前だって、なんで、そんくらいのことで怒ってんだよ。お前がどっか行けよ」
「マジで意味分かんねえしここおれの席だし」
「ちょっとやめてよ。チャー、わたしの席行こ。鈴木くん、ごめんね」
「だから奈緒子が謝んなくていいんだって、こんなバカに——」
つい言いすぎたと思った次の瞬間、頭に衝撃が走り目から星が飛び出た。
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