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なにが起こったのか分からないまま目の前で唖然とする奈緒子を見て、つぎに首の痛みを感じながら純平を見た。
なぜか立ち上がっていた純平は、なぜか分厚い参考書を片手にブルブルと震え、なぜかその背表紙の下端が赤く染まっていた。
「痛ってえ……なにすんだよ」
痛む額に当てた手になにかヌルヌルしたものを感じて見ると、血だった。窓から射す陽の光に当てられた血は毒々しいながらもなぜか心を魅了し、一瞬なにが起こったのか分からないまま慎吾は見惚れた。
「キャー!」
耳を刺す奈緒子の叫び声が教室中に響き渡り、てんでにおしゃべりをしていた何人かのクラスメイトの目が、一斉に慎吾たちへ向けられた。
痛みよりも恥ずかしさが全身を覆っていた。
ここから早く逃げなきゃ。
慎吾はなにもなかったかのように立ち上がり、無表情で教室を出た。
ざわつく教室からあとを追ってきた奈緒子が心配そうに言葉をかけてきたが、なにも耳に入らなかった。
「……大丈夫だから」
「でも」
「大丈夫だから!」
声を荒げたことに気まずさを感じながらも、奈緒子の顔を見ることはできなかった。
「……保健室に行ってくるから、奈緒子は教室に帰っててよ」
「……うん」
慎吾は奈緒子を一度も見ずに階段を降りて保健室へと向かった。
少しフラつきながら保健室に入ると、お茶をすすっていた養護教諭の成田先生が、
「どうしたの?」
と、慎吾の額を見て目を丸くした。
「ケガしました」
「こっち来て」
慎吾を丸イスに座らせた成田先生が手際よくケガの手当をしていく。
成田先生の手の温もりを感じながら、中庭でバレーボールに興じる紀子たち女子生徒を窓越しに眺めていると、ベッドの仕切りのカーテンが勢いよく開いた。
「どうした?」
顔を出したのは直人で、いつものようにイヤな笑みを浮かべていた。
「なんでここにいるんだよ?」
「だって涼しいじゃん。クーラー効いてるし」
「それで保健室にいていいわけ?」
「いいんじゃん? 成田ちゃんに、べつになんも言われたことないし」
「なんだよ、それ」
「よし、これでオッケーね。思ったより傷が浅かったから、良かったわ」
大きな絆創膏を額に貼られ、傷の痛みを憎々しげに思いながらお礼を言うと、
「でもなんでケガしたの?」
と、成田先生が訊いてきた。
「それは……」
「山下に殴られたのか?」
唐突にワケの分からないことを言う直人に、腹が立った。
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