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その晩、妻の白い目に気づかぬふりをして三杯目の水割りを飲みながらニュースを見ていると、《頭部のないバラバラ死体が発見される》というテロップが映し出され、この町で身元不明のバラバラ死体が見つかった云々と、女性アナウンサーが淡々と伝えはじめた。
「これって、あなたのジョギングコースじゃない?」
「……ああ、そういえばそうだな」
「大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。なにかあったんなら、ここでおいしく酒なんか飲んでないよ」
底知れぬ恐怖から来るものなのか、あの女が言っていた同じニオイから来るものなのかは自分でもよく分からなかったが、今朝の出来事を妻に話そうとは思わなかった。
「これって『バラバラ女』がやったんだよ、きっと」
ソファに座る娘が、ポツリとつぶやく。
「バラバラ女?」
妻が訊くと、
「知らないの? みんな知ってる都市伝説だよ」
と、娘が笑いながらこたえた。
首をかしげる妻の傍らで、私は怖気の走る思いをしていた。
バラバラ女を、私は知っている。
「あのね、バラバラ女っていうのは血だらけのワンピースを——」
「やめろ!」
気づくと、私は娘に声を荒げていた。
そんなバカな話があってたまるか!
あの女が、過去に流行り、未だ子どもたちの間でまことしやかに囁かれている幼稚な都市伝説から抜け出してきたバケモノだとでも言うのか?
あれは……あれは、断じて架空のバケモノなどではなかった。
体温も声も鼻腔を甘やかにくすぐる薔薇の香りも、私は確かに肌身で感じたのだ。
それに——あの女は、私を知っているかのような口ぶりだった。
一体、あの女は何者なのだ……?
「……ダッセー」
娘が怒りをあらわにしてリビングを出ていき、
「怒鳴ることないじゃない」
あきれ顔の妻がわざとめかしてため息を吐いた。
「俺はああいう話は好かん。人が死んでるってのに、不謹慎じゃないか」
言って、また娘との間の溝が深くなったな、と私は自嘲した。
——忘れよう。
あの女はきっと、平穏な日常にふと湧いた悪い夢だ。
この日常が壊れることなどありはしない。
私は自身に何度も言い聞かせ、焼酎を飲み干した——
——翌日、娘が失踪した。
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