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1:転校生
六月。
宮瀬慎吾は、太った体を揺らしながら一心不乱に走っていた。
このままだと早くも四回目の遅刻になってしまう。まだ六年生になって二ヶ月と経たないうちに、担任の町山先生に目をつけられるのはたまったもんじゃない。
予鈴が鳴り響くなかようやく学校にたどり着いた慎吾は、息も整わないうちに上履きへ履き替え、三階の六年一組の教室へと急いだ。
教室へ着き、町山先生はとっくに来ているかもしれないと恐る恐る中をのぞくと、
「チャー、ギリギリセーフ」
と、おどけた声の林直人が気に入らないあだ名で呼びかけ、クラスメイトの視線が一斉に慎吾へ集まった。
直人はいつも人を小バカにする。美容師のお母さんに切ってもらっているという、オシャレな髪型が今日も目障りだった。
「や、やめてよ……」
顔を真っ赤にしながら自分の席へ向かうと、
「おはよう、チャー」
と、学級委員の澤田紀子にいつものように声をかけられた。
「う、うん、おはよう」
つれなく返して席に着くと同時に、始業チャイムがタイミングよく鳴った。
「チャー、やっぱり暑くて寝られなかったのか?」
「や、やっぱり、ってなんだよ。きのうは暑くなかったでしょ」
前の席の、不良に憧れる木村太一のからかいにムキになっていると、まだ教師になって二年目の、ジャージ姿の女教師、町山先生が教室に入って来た。
紀子の号令に合わせ挨拶をすませてふたたび席に着くと、
「今日は皆さんに新しいお友だちを紹介します」
と、町山先生が微笑んだ。
「やった!」
お調子者の冨田次郎が、骨折してギプスを巻いた左足なんかおかまいなしで立ち上がり、いくつかの笑い声があがった。
「富田くん、座りなさい。転んだらどうするの」
町山先生に諫められて渋々と席に着く次郎を、直人だけが笑う。
「じゃあいい? どうぞ入って」
町山先生の声にうながされて、ひとりの少女が教室へ入ってきた。
「今日から皆さんと同じクラスメイトになる、山下奈緒子さんです」
「山下奈緒子です。よろしくお願いします」
転校生の棒読みのような自己紹介は、ほとんどの男子生徒の耳には届いていなかった。
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