2:宮瀬慎吾

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「山下さんって『妖怪博士 目羅博士』とか読んでんの?」  ここぞとばかりに、学が山下奈緒子に話しかける。 「うん、読んでる」  今日も白いワンピースの山下奈緒子は、甘い香りを漂わせていた。 「意外だな、女子で読んでる人がいるなんて」  わざとらしく驚いた学を見て、山下奈緒子が微笑んだ。 「わたし、妖怪とか都市伝説とかに興味あるから。ほら、この時計も目羅博士のなんだよ」  山下奈緒子が長袖をまくって見せてきた、文字盤に目羅博士がプリントされた腕時計は一昨年の夏に限定発売されたヤツで、ノドから手が出るほど欲しかった物だった。 「うわ、すっげ! じゃあ、『妖怪博士 目羅博士』のファンなんだ?」  学が目を輝かせて言う。 「うん、でも微妙かな。ヘンなとこあるし」 「ヘンって、なにが?」 「タイトルが」 「タイトル? よく分かんないや。どこがヘンなの?」  矢継(やつ)(ばや)に繰り広げられていく会話になかなか入れない慎吾は、答えを言わずに意地悪く微笑む山下奈緒子を伏し目がちに見ながら、タイトルの謎について考えを巡らせた。  あんな、歳の変わらない少年が博士と名乗っていること?  いや、そんな設定のことじゃないはずだ。  じゃあなんだろう?  うーん、分からない。  考えながらチラと横目で学を見ると、眉間(みけん)にシワを寄せて天井を見上げていた。学よりも先に真相にたどりついて、山下奈緒子に感心されたい……でもやっぱり全然わからない。 「どうした? アホみたいな顔して」  直人がやって来て、真剣な顔の学を笑った。 「山下さんが、『妖怪博士 目羅博士』のタイトルが変だって言うんだけどさ、よく分かんないんだよ」 「ふうん、お前ら、あんな下らないのまだ読んでんだ」 「く、下らなくないよ」  思わず言い返すと、直人はいつもの笑みを浮かべ、 「ああ、そう。でもタイトルの変なとこに気づいてないんだろ?」  と、こともなげに言った。 「じゃあ、お前は分かんのかよ?」  学がヤケクソ気味に訊く。 「当たり前じゃん。てか、なんで分かんないの? 山下の言うとおり、変じゃないか」 「だから、それが何かって——」  学の声をさえぎるように始業チャイムが鳴り響き、教室へ入ってくる町山先生に気づいた直人は、そそくさと自分の席に戻ってしまった。 「ちぇ、なんだよ。おれやっぱ、アイツ嫌いだ」 「でも、林くんだっけ? 林くんは気がついているみたいね」  言って、笑みを浮かべた山下奈緒子が慎吾と机を合わせた。 「見せて」 「う、うん」  慎吾は、ドギマギとしながら算数の教科書を机のあいだに置いた。山下奈緒子が取りだしたピンクのノートに書かれた《算数》という文字がとてもキレイで、自分のノートに書かれた汚い文字が無性に恥ずかしくなる。 「ね、ねえ、山下さん」 「ん?」 「なにが変なのか教えてよ」 「うん。でもべつに難しいことじゃないし、大したことでもないから、聞いたらがっかりするかも」 「いいよ。教えて」 「うん。タイトルのなかに《博士》がふたつも入ってるところ」 「え、それだけ?」 「それだけ」  そんな些細なことにすら気づけず、教えてもらった今でもイマイチよく分かっていない慎吾は、きまりが悪くなって思わずゲップをしてしまった。 「宮瀬君、大丈夫?」  町山先生が心配そうに声をかけてくる。それがまたどうしようもなく恥ずかしくてさらに大きなゲップをしてしまうと、みんなの笑い声がドッとわき起こった。 「で、でもさ、その時計ってオトコモンでしょ?」 「うん。でもこれは大切な物だから」  微笑む山下奈緒子に頬を赤らめた慎吾は、初めておしゃべりできたことと彼女の笑顔を見られた幸せに、天にも昇るような気持ちになった。
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