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27:ふたりぼっち
八月二十七日。廃病院。
またふたりぼっちか、と慎吾は胸のなかで独りごちた。
ベッドに寝転がった奈緒子が読んでいる文庫本の背表紙を見ると、『ドグラ・マグラ』という不可思議なタイトルが書かれていた。
「それ、面白いの?」
「え?」
「その、『ドグラ・マグラ』っていう本」
「うーん、よく意味が分からない。五月くらいから読んでるんだど、文章も内容も難しくてさっぱり。読み終わる自信はないかな」
「じゃあ、なんで読んでるの?」
「なんかね、好きなの」
「へえ」
「読み終わったら、チャーにも貸してあげる」
「あ、ありがとう」
話を振ったのはいいが、そのさきが続かない。
窓の外を見ると、夕日が中庭をすっかり茜色に染め上げていた。
直人やワチコは、もう今日は来ないだろう。昨日のふたりの言葉が本当なら、もう宿題が終わるまでは来られそうもない。夜だけと言っていたのに、どうやらふたりとも相当の宿題をため込んでいたようだ。
「ねえ、夜も来れるよね?」
「う、うん」
奈緒子は、今夜も《バラバラ女のイタズラ》をやる気らしい。
昨夜もそれにつきあわされていた慎吾は、ビルの隙間でひとり息を潜める恐怖を思い出して、あまり乗り気にはなれなかった。
それでも、と慎吾は思う。
それでも奈緒子が望むのならば一緒にやらなければいけない、と慎吾は思う。
「ねえ、『バラバラ女』って、ちゃんと流行るかな?」
「流行るよ」
奈緒子が『ドグラ・マグラ』を閉じて、体を起こす。じっと見つめてくるその目に、どういった感情が込められているのかは分からなかった。
「だってさ、みんながちゃんと意見を出しあって考えた都市伝説だよ。わたし思うんだけど、ああいう話って、オトナが考えるよりもコドモが考えたほうが怖いと思うんだ。コドモが怖がる話は、コドモにしか作れないよ」
「そう、なのかな」
「そうだよ、絶対」
その自信がどこから来るものなかは分からなかったが、妙に説得力のある口ぶりに同意せざるをえなかった。
「そ、そういえばさ、ミオカさんのこと話したでしょ」
「うん」
「あのときさ、ミオカさんとちょっとしゃべってたんだけど、そのときに都市伝説の話とかもしたんだ。ミオカさんは、『都市伝説ってのはその話を信じる人が多くなると、現実の世界に本当に現れる』とか言ってたんだけど、どう思う?」
「どうだろうね。でもさ、それが本当だったら楽しいよね。『バラバラ女』もこれからずっとみんなが信じてたら、現実の世界に生まれるってことでしょ?」
「うん、まあね。でもぼくは信じられないよ。そんなこと、起こるわけないじゃん」
「それをたしかめる意味でも、『バラバラ女』をこの町に溶かそうよ。いつか現実のものになるんだったら、それをチャーは見届けて」
奈緒子は最近、《溶かす》という言葉をよく使う。『バラバラ女』をこの町に溶かし、この町の一部になるのを望んでいるのだ。
きっと、それまでこの町に自分がいられないのを予感しているのだろう。
「うん、分かった」
「……」
「……」
やっぱり、話が続かない。
なんなんだ、一体?
こんなとき、ほかのふたりがいてくれれば助かるのに。
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