27:ふたりぼっち

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「……あのさ、チャーの名前を失恋大樹に書き込んだ犯人って、だれなのかな?」 「そんなの、ぼくが考えてもしょうがないよ」 「なんで?」 「だってさ、ぼくより頭のいいみんなが考えても分からなかったんでしょ? ぼくに分かるわけないじゃん」 「でもほっといたら、なにかが起こるかもしれないんでしょ?」 「うん、でも太一に殴られたのがそうだったかもしれないし、お父さんに叩かれたのがそうだったかもしれないし、もしかしたら夏風邪をひいたのがそうだったかもしれないでしょ。たぶんね、それくらいのことが続くんなら、十五日目にやってくるっていう、いちばん大きな《罰》ってのも、大したことないんじゃないかな? きっと、ぼくの名前を書いたヤツは、そんなにぼくのことを憎んでいないんじゃないかなって思うんだけど」 「……それは、ちがうと思うな」  奈緒子の言葉が刺すように鼓膜を揺らした。 「え?」 「直人くんが言ってたけど、チャーの名前を書いた人と、セトくんの名前を書いた人って、たぶん同じ人なんでしょ?」 「う、うん」 「っていうことはさ、その人はセトくんへの憎しみよりも、もっとずっと深い憎しみをチャーに対して持ってることになるじゃん」 「え? なんで?」 「だってさ、セトくんは失恋大樹に名前が書かれた十五日目になにかがあって学校に来れなくなったんでしょ。それが本当に失恋大樹の罰だったのか、ただの偶然なのかは分からないけど、犯人はきっと、それがだと思うよね?」 「うん」 「ってことはさ、逆に言えば、失恋大樹に名前を書き込んだら、そのくらいのことが起きるんだって分かってるってことじゃん。それなのにチャーの名前を書き込んだってことは、おんなじことが起きてもいいや、って思ってるってことになるよね。犯人はだからきっと、チャーにすごく深い憎しみを持ってるってことになるでしょ」  吐き気を感じるほどの戦慄で、口の中にイヤな酸っぱさが広がっていた。  誰に書かれたのかばかりを考えていて、犯人にどれほどの憎しみを抱かれているのかを考えたことはなかった。名前が書かれたことよりも、そこまでの憎しみを自分に抱いている人間がいることが、とても恐ろしかった。 「で、でも今日はもう二十七日だよ。書かれたのが十七日だから、三十一日までに、なにかが起こるわけでしょ。あとたった四日だよ。大丈夫だよ、きっと」 「……うん。わたしもね、本当はそう思ってるんだ。やっぱり樹に名前を書いただけで人が不幸になるなんて、信じられないもん。それにあと四日だもんね。そんなとつぜん、なにかが起こるわけないよ」  気遣いを感じる奈緒子の言葉を聞きながら、ふとセトくんのことを思い出した。 「……あの、さ……ちょっと相談なんだけど」 「なに?」 「セトくんがもうすぐ引っ越しちゃうって聞いたんだけど、やっぱり会いに行ったほうがいいかな?」 「うーん、どうかなあ。チャーとワチコちゃんは、仲が良かったんでしょ?」 「う、うん」 「じゃあ、会いに行ったほうがいいかもね」 「やっぱり、そうかな?」 「うん。だってやっぱり、引っ越す前に仲の良かった友だちとは会っておきたいじゃん。わたしが引っ越したときは誰も来なかったから、とっても寂しかったもん」  哀しみを隠して微笑む奈緒子に、胸が痛む。  奈緒子の言うとおり、セトくんに会いに行くべきなんだろう。そうすることしかできないのなら、そうすべきだ。ひとりで行くのは無理だから、ワチコも誘ってみようか。  それから夜に会う約束をして奈緒子と別れた慎吾は、帰り道を歩きながら失恋大樹に書かれた名前の謎や都市伝説の成り立ち方についてだとかを考えた。だがそんなことよりもさっきから鎌首をもたげる不安は、奈緒子とセトくんのことだった。  親友だったセトくんと、いちばん好きな奈緒子。そのふたりともが不幸で、どうしてやることもできない自分のふがいなさにほとほと嫌気がさす。  夏休みが終われば、きっと奈緒子はイジメられるだろう。  奈緒子を守るために、もっともっと強くならなきゃいけない。  決意を新たにした慎吾は、走りたくなって、走り出していた。
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