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廃病院へ着き、
「じゃあ、ベッドの下に隠しとくね」
207号室のベッドの下に紙袋を隠した奈緒子が、満足げにワンピースについた埃を払う。懐中電灯に照らされて眩しそうにする顔が、眩しかった。
「じゃあ、帰ろ」
部屋を出ようとすると、階下から足音が聞こえた。
「だれかな?」
「さ、さあ。まさか直人かワチコじゃないよね」
「でも、ひとりの足音じゃないよ」
たしかに奈緒子の言うとおり、かすかに聞こえてくるのは複数人のものだった。
「——ええ、でも怖いよ」
「——大丈夫だって」
静まりかえる構内に響き渡る声は、明らかに若者のものだった。
階段を上がるいくつかの足音が、リズムよく近づいてくる。
「だ、だれだろう?」
「そんなことより隠れなきゃ」
奈緒子がベッドの下に潜り込んで、猫みたいに手招きする。
「肝試しに来た人たちだよ、きっと」
「こんな時間に?」
「いい時間じゃん。あ、そうだ。驚かそうか、あの人たち」
「や、やめといたほうがいいよ」
「大丈夫だって」
イタズラな笑みを浮かべた奈緒子が《血みどろワンピース》を紙袋から取りだして、右の袖に腕をとおした。
一緒に紙袋から転がり出た生首人形を、慎吾は慌てて手元に引き寄せた。
「どうするの?」
「ここに近づいてきたら、この右手で足を掴むの」
「そんなことで騙されるかな?」
「チャーだって、おんなじこと直人くんにやられてビビってたじゃん」
「それは、そうだけど……」
そうやって、たまに無鉄砲になれる奈緒子が羨ましかった。
「——入ってみようぜ」
声が聞こえ、入り口にいくつかの足が見えた。
先頭の男が懐中電灯で照らしながら207号室に足を踏み入れ、続いて四つの人影がゆっくりと入ってきた。
慎吾は少し不安になりながら、息を殺してその光景を見つめていた。
「——誰もいないね」
女の声が響き、いくつかの安堵の吐息が漏れる。
その時、機を窺っていた奈緒子が近くの左足を力いっぱいに握りしめた。
「——ぎゃああああ!」
男の叫び声が響きわたり、室内がパニックに陥った。
男の足から離れた奈緒子の右手が、狂気的なリズムで床を叩きつける。
「カエレカエレカエレカエレ!」
氷のように冷たいバラバラ女の声が、室内に渦巻く。
阿鼻叫喚の室内を、男の手の中で踊り狂う懐中電灯があちらこちらと照らしまわり、浮かび上がるいくつもの影が、大きく小さく変わりながら狂乱の雄叫びを上げ続けていた。
やってはいけないことだと分かりながらも、目の前の滑稽な光景を胸の空く思いで見ていた慎吾は、ふと胸に抱えた生首人形を思い出して渦の真ん中へと放り投げた。
「——に、逃げろおおおおおおおおお!」
転げるように飛び出していく若者たちの姿がたまらなくおかしくて、慎吾は笑い声を上げた。仰向けになった奈緒子も腹を抱えながら笑っている。中庭で涼んでいたタローたちが大騒ぎに腹を立てたのか、叫び声に向けていつまでも吠え続けていた。
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