28:イタズラ

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 笑い疲れた慎吾は、ベッドから這い出して奈緒子に手を差し伸べた。 「ありがと」  その手を掴んで這い出した奈緒子が、また笑った。 「あの人たち、大丈夫かなあ」 「大丈夫でしょ、ウソなんだから」 「そうだね。でも、おかしかったー」 「ホント、おっかしかったー」  また笑いがこみ上げてきて、慎吾は腹を抱えた。  こんなに笑ったのは久しぶりだった。  奈緒子が心の底から笑うのを見るのも、久しぶりだ。 「あーあ、ワチコちゃんたちもいればよかったのに」 「そうだね」  ふたりに聞かせてやったら、さぞ(うらや)むにちがいない。  ふと、部屋の入り口から視線を感じた。  だれか戻ってきたのかと思って目をやると、血よりも赤いナニカが揺らめきながら廊下を横切っていった。 「え、いまの……」 「なに?」 「あ、赤いのが、とおり過ぎたんだけど」 「ちょっと……やめてよ」 「で、でもホントに」 「だからやめてってば」  さっきまでの空気が一変して、にわかに恐怖が包み込む。  見間違いのような気もするけれど、たしかにナニカが横切った。 「血塗れナース、かな……?」  つぶやく奈緒子は、恐怖で青ざめていた。 「や、やめてよ」  タローたちのけたたましい咆哮が、まだ遠くから聞こえる。  気づくと慎吾は、奈緒子の手を引いて走り出していた。  絡みつく闇の中を必死に走り続ける慎吾の脳裡には、「握り返してくる、この柔らかく壊れそうな手だけは、絶対に離さない」という、目羅博士の台詞が何度も鳴り響いていた。 「ハア……ハア……でも、なんだったんだろ……?」  外へ出て、息も絶え絶えに膝へ手をついた奈緒子の言葉が、暗闇に力なく消える。  慎吾は息を切らしながら振り返り、廃病院を見上げた。天を()くほどの不気味な威容(いよう)に、膝が笑う。 「ホントに見たの?」 「たぶん……」  自信なんてないけれど、あの刺すように冷たい視線はたしかに本物だった。 「やっぱり、血塗れナースかな?」 「そこまでは分からないけど、赤いナニカは通っていったと思うんだ」 「でも見るの今日が初めてだよね。いままでは、なんで出てこなかったんだろ?」  疑問に答えを出せず眉間にシワを寄せると、 「チャーってば、なんか変な顔になってるよ」  と、奈緒子に笑われた。 「でも、よかった」 「なにが?」 「チャーが一緒に来てくれて」 「え?」 「ひとりだったら、どうなってたか分からないもん」 「あ……そ、そうだね」  右手に残る感触に頬を赤らめ、不器用に笑みを返すことしかできなかった。 「帰ろ」 「う、うん」  夜空は曇りで、星はひとつも見えない。  だけど今は、星なんていらなかった。
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