29:瀬戸正次

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「あ、来たんだ」  喜ぶ奈緒子のとなりに座ったワチコが、 「ねえ、誰に?」  と、ふたたび訊く。 「うん、血塗れナースに」 「いないよ、血塗れナースなんて。ナオちゃんって、たまにバカみたいなこと言うよな」 「でもそんなこと言ったら、ワチコちゃんが『失恋大樹』のことを信じてるのはどうなの?」 「アレはちがうよ……アレは、ホントだから」  困り顔を作るワチコに、ふとセトくんの影が重なった。 「ワチコ、知ってる? セトくんがもうすぐ引っ越しちゃうんだって」 「え、あ、そうなの?」  戸惑うワチコに、「一緒に会いにこうよ」と言っていいものかどうか|逡巡 《しゅんじゅん》していると、 「ふたりで行ってくれば?」  と、奈緒子が助け船を出してくれた。 「え、いま?」 「そう」 「でもだって……迷惑じゃないかな?」 「そ、そうかもしれないけど、ワチコとぼくはセトくんと仲良かったから、会っておいたほうがいいと思うんだ」 「そうかな?」 「そうだよ、ワチコちゃん。最後に友だちに会っておきたいと思うと思うよ、普通は」  ふたりの説得を聞いたワチコが立ち上がり、窓から顔を出して空を見上げた。 「……じゃあ、行くか」 「う、うん」  曇り空を見て、ワチコがなにを思ったのかは分からなかった。
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