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クラウド・ナイン
🏫
一年一組の教室に足を踏み入れ、安達智起と目が合った瞬間、取るに足らない絶望感に襲われた。
入学初日にもかかわらず、いつものように人に囲まれている安達は、私と目が合ったあと、それが当たり前といった自然な素振りで視線を逸らしたので、気づいているのかどうかはわからなかった。
黒板に貼り付けられている座席表から自分の名前を探す。木下麻子は窓際から二列目の、前から三番目だった。気に入らないことに、安達の斜め後ろの席だ。私はなるべく安達の周りの集団に見つからないよう、ひっそりと席に着いた。
どうしてこうなってしまったのだろう。肘をつき、ぼんやりしていると、久しぶりにそんな言葉が頭を過った。そもそも、どうして、昇降口でクラスを確認したときに気づかなかったのだ。いや、気づかなくてよかった。気づいてしまったらきっと、私は入学初日に不登校になる。
「あ、ねえねえ」
右隣の女子生徒が、私のリュックを指さす。
「そのキーホルダー」
「知ってる?」
「うん。バスターくん。確かライブ会場限定のグッズだよね。行ったの?」
「そうそう、ちょうど受験終わるタイミングだったから、ご褒美にね」
「そうなんだあ。いいなあ、私は行けなくて」
女子生徒は、顔がとても可愛かった。黒く長い髪もさらさらだ。触らなくてもわかる。女子生徒が頭を動かす度、一本一本呼吸しているかのように靡く。
私は、まるで、罪滅ぼしでもするかのような猫なで声を出す。
「よかったら色違いあげるよ。家にあるから、明日持ってきてあげる」
「えっ、いいの? 嬉しい、ありがとう! ねえ、名前なんて言うの?」
「木下麻子」
「麻子ちゃん。よろしくね」
顔のかわいい女の子に喜ばれ、微笑みかけられ、私の心はすっと軽くなる。しかし体は、その場に縛り付けられたかのように身動きがとれない。なんとか口角だけを上げ、「よろしく」と言った。
誰もいないところに行きたかった。
けれど、人生、そう上手くはいかない。
どこにでもあること、で、誰でも経験すること、と言われてしまえば「それはそうですよね」と頷いて終わってしまいそうになる。だけどそれでも私は、中学二年生のあのクラスを、一生、「気持ち悪い」と嫌悪し続けるだろう。
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