クラウド・ナイン

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「口説いてないよ」 「なーんだ。麻子ちゃん、入学早々バスターくんのキーホルダーくれるし、てっきり私に気があるのかと思っちゃった」 「なに言ってんの」  気があるのはむしろ……。気づかれないように、横目で男子の輪の中心にいる智起の様子を窺う。楽しそうに笑ってはいるけれど、智起の周りにいる男子たちはきっと、彼の弱さや狡さはこれっぽっちも知らないんだろうな。 「私よりかわいいかどうかはわからないけど」とおどけながら糸生は教えてくれた。「かわいい子がいるって噂なら知ってるよ。八組の、竹内美月って子。ま、八組は西校舎だし、知らなくても無理ないよ。ちょっと気弱な感じでさ。小動物っていうの? 守ってあげたくなる感じの子。私はほら、どっちかっていうと元気系じゃん。だから人気も二分化しちゃうのかなあ」  途中から相槌が打てなくなった私を気づかってか、糸生はわざとそんな風に言ってくれた。だから私も、「私はあんたの方が好きだよ」と感謝の気持ちを込めて言ったけれど、それは本心かもしれない。  昼休みの間に、一年八組の教室を覗きに行った。西校舎は東校舎と違って温度が低く、風通しもいい。だというのに、こんなにも、息がしづらい。  教室にいた竹内さんは、三人の友だちに囲まれて笑っていた。私はそのとき初めて、竹内さんが口を大きく開けて笑う顔を見た。あの頃の、薄汚れて皆に踏まれた雑巾のような表情の彼女はどこにもいない。友だちに、扉付近からでもわかる、美味しそうな卵焼きをおすそ分けしている。片手には英単語帳があって、きっと次の授業の単語テストに備えてみんなで覚え合っているのだろう。  どこからどう見ても、「とってもかわいい、普通の女の子」だった。  教室に戻るまで、視界が、足元がゆらゆら揺れていて、膝から崩れて吐いてしまいそうだった。  まさか、同じ学校だなんて。  ずっと、智起と二人で過去を悔いてきたのに、竹内さんを前にして私は怖くてたまらなくなった。私が竹内さんの存在を知ったように、いつか竹内さんも、私と智起の存在に気づくかもしれない。そうなったら竹内さんは、周りの友だちに「中学の頃、木下さんたちにいじめられていた」と告白するかもしれない。そうすれば、私は、私たちは、中学の頃の竹内さんのようになってしまうかもしれない。
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