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「あ、教室に折り畳み傘忘れた」
「取りに戻るの面倒だから、私の一緒に使おうよ」
しかし、智起と一緒にいる間は、そのモヤモヤから解放される。まるで、彼のやさしい香りが私を包み込んでバリアになってくれているようだ。
ふたりで一つの傘を分け合いながら、坂を下る。私のローファーが弾いた水たまりが智起の足元を濡らす。逆もまた然り。
「雨の日の匂いって、俺、好きだな」
「どうして?」
「晴れの日はさ、なんか、日差しもあって生命力に満ち溢れてる感じするじゃん。そういうのがダメなときっていうのがあるんだよ。隙がないくらいに明るいものを浴びたり吸ったりすると、こっちの生命力まで持っていかれる感じ。雨の日はそれがないから、落ち着くんだ」
「なんか、わかるかも」
「やっぱり、麻子ならわかってくれると思った」
こうやって、感覚や感情を共有する時間が、とても幸せだった。
「麻子って、俺のこと一番わかってくれてるよな」
「なに、急に」
「それと同じでさ、俺も、麻子のこと一番わかってると思ってる」
「だから、なんなの」
「最近、なんで元気ないの?」
がつん、と頭痛がやって来た。頭を押さえて立ち止まった私を置いて行くことなく、智起は傘を持って待ってくれている。「大丈夫?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫」と言おうとしたけれど、その顔があまりにも真剣だったから、間を置いて「じゃない」を付け加えた。すると智起は、少しだけ顔を綻ばせる。
「なんでも話してよ。俺、麻子が元気ないと心配だし、嫌だ」
「なんでよ」
「好きだから」
え、と思う間もなく智起の綺麗な顔が視界一杯に広がる。一瞬唇同士がくっつきあった後、私のかさついた唇を潤すように、智起の柔らかい唇が啄んできた。
「好きだよ、麻子のこと。だから、俺の知らないところで元気じゃなくなったり傷ついたりしているのを見ると、すごく悲しいし悔しい。頼りないかもしれないけど、ちょっとでも俺に寄りかかってくれたら嬉しい」
激しくなる雨は、私の感情そのものだった。どれだけひっつきあっていても、小さな傘じゃ到底守り切れない。それでも智起は、私の体が濡れないように片手で抱き寄せてくれた。
そのぬくもりが、私に、「私はひとりじゃない」と思わせてくれる。その瞬間、どうするかは決まった。
「あのね、竹内さん、同じ学校だった」
「え」
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