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「八組。西校舎だから全然気づかなかったんだけど、やっぱり智起も気づかなかった?」
「……うん、知らなかった」
智起の胸元に顔を埋めていると、彼の表情が見えない。声で何となく感情が伝わってくるとはいえ、私は、ちゃんと目を見て話がしたかった。けれど、智起の力が強くて叶わない。もう離していいよ、の意味を込めて、智起の背中を二、三回叩く。私たちの間に、隙間がうまれた。
智起は困ったように笑っていた。竹内さんの存在を初めて知った日の私と同じように、どうすればいいのかわからなくなってしまったようだ。
「あのさ、私、竹内さんに謝ろうと思う」
「え?」
「ゆるしてもらえるかどうかはわからないけどさ、このまま終わりたくないっていうか。そうしないと私たち、きっと、いつまでたっても進めないと思う」
智起という寄りかかり先を手に入れた私は、魔王を倒した勇者にでもなったかのようだった。今なら、何だってできる。智起がいれば、智起と一緒なら、二人なら、きっとどんなことでも乗り越えられる。智起もそう思ってくれているはずだ。だから、どれだけ智起が迷っていたって、返事は一つしかないとわかっていた。
しばらくして、智起は頷いた。
「そうだよな。俺たち、いい加減、前に進まないと」
進んだ先にはきっと、明るい未来が待っている。斜めから降る雨に打たれながら、私たちは本気でそう思った。
🏫
いろんなことを経験して、人は強くなる。経験しなければ、何も知らないままだ。無知は恐ろしい。視界を狭くしてしまう。視界が狭くなると、大切なものを大切にできなくなる。
最低だと思っていた過去も、もしかしたら、今この瞬間のためにあったのかもしれない。智起の言葉を借りるじゃないけれど、あの時間は、準備期間だったんだ。他人として成長して、智起と一緒にいられるようになるための。
梅雨が明け、夏がやって来た。私と智起は二人で手を繋いで、八組の教室まで向かう。
大丈夫、私たちは、ひとりじゃない。弱さも見せあえる、誰かがいる。一歩、教室へと足を進める。
「あの、竹内さんいるかな」
向かい側の窓からまっすぐに差し込んできた日の光が、私の目をくらませた。
【おしまい】
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