パーフェクト・スモール・ワールド

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 先輩が右手で左耳に髪をかけながら困り顔で笑った。  媚びる感じというか、自分の武器がわかっているこの言動。俺は絶対、こういう女には騙されない。姉ちゃんが前にテレビを見ながら、「男の大半はこういうあざとさに気づけない馬鹿」って呆れてたし。俺は大半なんかじゃないし、馬鹿でもない。だから告白された時だって、正直、「可愛いな」とは思ったけれど、全然知らない先輩だったから断った。そう、だから今日だって、絶対ときめいたりしな――くそ、やっぱり可愛いな。告白、断るんじゃなかったかな。  煩悩が獲物を見つけたと言わんばかりに飛び掛かってくる寸前で、先輩からの告白を断ったときに友人たちから散々蹴られた尻の痛みを思い出す。いやいや、俺、いろいろ忙しい身ですし。姉ちゃんのお世話とか、ご飯当番とか。それにやっぱり、ちゃんと自分が好きになった人と付き合いたいし。うん、多分きっと、それが正しいはず。 「ねえ、いつもここにいるの? 次はいつ来るの?」 「んー、先輩がいない時」  耳に届いた自分の言葉にはっとする。やべ、煩悩との戦いに必死で話半分だったとはいえ、結構酷いことを言っちゃったかもしれない。  案の定、 「ひどくない?」 「え? えー、そう? でも別に俺は先輩のこと――」  好きじゃないし、と言いかけて、なんとか呑みこむ。  俺のたくさんある長所のうちの一つ、正直者。でも今日の俺はちょっと、人間としてダメすぎだ。  実際、好きじゃない人に好かれるような努力をしたいとは思わない。でも、俺に好意を寄せてくれたこの可愛い先輩を傷つけたいわけでもなかった。当たり障りなく、と思うと、余計に空回りする。ああもう、嫌になる。こういうのも、姉ちゃんだったら上手くかわすんだろうな。  ちらりと先輩を見上げると、また眉をハの字にして目を細めていた。さっきよりもちょっと下手くそな笑みだった。  それ以上先輩はなにも言ってはこなくて、漂い始めた気まずい沈黙に呑みこまれそうになった時、華奢な先輩越しに陸上部の集団を見つけた。これ幸いだ。 「あ、俺行かなきゃ。じゃあね、先輩」  言いながら姿勢を変えて、言い終わる頃には先輩の隣に一歩踏み出す。そのあと振り返りもしない。やっぱり俺にはまだ、女心とか難しすぎる。友達とか姉ちゃんとかと一緒にいる方が、ずっと気楽でいいや。 「お疲れーす!」 「あ、輪太郎じゃん」  俺が駆け寄ると、陸上部のみなさんは笑顔で足を止めた。ちらりとだけ振り返ると、ミスコン二位の先輩は諦めたようにとぼとぼと歩き始めていた。よし、作戦成功。
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