パーフェクト・スモール・ワールド

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「今日も星野先輩待ち?」 「そうですね」 「なあ輪太郎、早く星野先輩を部活に連れ戻してくれよ。もう二か月だろ、正直ハムストリングの肉離れなら、いくら重症でもほとんど治ってるんじゃないか?」  ああ、こっちもこっちで面倒な集団だったな、と絡んだことをちょっぴり後悔する。  姉ちゃんは陸上部のエースで、五月末にあった県大会で怪我をした。それから現在に至るまで、休部中。エース復帰に期待を寄せる陸上部の気持ちはわかる。だけど、姉ちゃんが部活に戻るかどうかは俺が決めることじゃない。こういう絡まれ方は、はっきり言って面倒くさい。 「どうっすかね、まだ松葉杖ついてますし」  とはいえ「うるせー俺に頼むな!」と彼らの願いを無下にすることもできず、熱のこもった視線から逃れるように足元の影に視線を落とすと、丁度チャイムが鳴った。 「あ、じゃあ俺、姉ちゃんとこ行くんで」  陸上部員たちはまだ何か言っていたけれど、お得意の受け流しで体の向きを変える。地面を蹴る。陸上部員にでもなったかのように、生ぬるい空気を大股で切り裂く。空が青い。綿あめみたいな雲は白い。蝉がうるさい。すっかり夏だ。姉ちゃんが怪我した時はまだ春だったはずなのに。  思い返せば、せっかくスタートした俺の高校生活は、姉ちゃん中心に動いている。姉ちゃんの身の回りの世話をしたり心配したりするのは、俺が勝手にやっていることだから全然苦じゃない。さすがに二か月も経てば、「おまえがそこまでしなくても」って誰だったかに言われたけれど、やっぱり姉ちゃんを放っておくことはできない。 「なぜ?」と訊かれたと仮定して考えてみる。姉ちゃんが俺にとって、たった一人の家族だからかもしれない。あとは、あれだ。姉ちゃんが俺のこと、すっごい大好きだから。 「な、姉ちゃん」 「なにが」 「姉ちゃんは俺のこと、大好きだって話」 「は? なに言ってんだ。調子乗るなよ」  鬱陶しそうな顔で俺を見上げた補習終わりの姉ちゃんは、器用に松葉杖を使いながら歩行の速度を上げた。 「別に、送迎だっていらないし」 「そんなこと言ってさ、俺が来なくなったら寂しがるだろ」  言いながら駆け寄ると、松葉杖の先で脛を突かれた。「いてっ」俺が脛を擦ると、姉ちゃんが笑う。太陽を浴びて、きゅっと目を細める。姉ちゃんは簡単に笑顔を振りまいたりしないけど、俺の前では、時々こうやって無防備な笑顔を見せる。もしもこの先、姉ちゃんに彼氏とかできたら、姉ちゃん、こういう顔をそいつにも見せるのかな。  俺は、出所のわからないモヤモヤを吹き飛ばそうと、大きな声で言った。 「俺やっぱ姉ちゃんの送迎やめねーから!」 「あ、そう」
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