クラウド・ナイン

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 竹内美月がなぜ、いつから、ああなってしまったのか、私は知らない。だからこれは、二年一組に蔓延していた嫌な空気と、それによる私の妄想あるいは作り話、なのかもしれない。 「作り物みたいだな」。それが、私の、竹内美月に初めて抱いた感情だった。  柔らかそうな頬も、真っ白な肌も、それに反比例するように艶やかな黒髪も、影を落とすまつ毛も、光をそのまま宿しているかのような瞳も、全てがかわいくてたまらなかった。男子だけでなく、女子も、学校中の全てが彼女に目を奪われていた。  一学期は上手くやっているように見えた。クラス替え早々、睫毛にマスカラを塗ったり、魔女みたいな爪をしたりしている女の子たちに気に入られて、大変そうだなとは思っていたけれど、それでも、なんとかやっているように思えた。女の子たちはみんな、「かわいい」「お人形みたい」と触って愛でると、困ったように微笑む彼女のことがお気に入りだった。  特別仲が良かったわけではないけれど、かといって仲が悪いわけでもなかったので、私も彼女と言葉を交わしたことは何度かある。なぜか、よく覚えている。夏が始まる前の、頭を締め上げるような痛みを伴う雨の日のことだった。  テスト中、隣の席の音が気になった。がたがたと、机が小刻みに揺れている。  私はとっくに、答案用紙を埋めきって時間を持て余していたから、「別に、これは、カンニングとかじゃないし」と誰に対するものかわからない言い訳を心の中でしながら、横目で隣の様子を窺う。その瞬間、竹内美月のシャープペンの裏の小さな消しゴムが、どこかへ飛んで行った。「あ」。二人同時に小さな声を上げる。  驚いて私の方を見たせいで、彼女は消しゴムの行方を見失った。困ったように眉を下げ、ほとんど泣き出しそうな顔で笑う。  なるほどこれは。そりゃ、クラスの男子みんな竹内さんのことが好きになるわ。感心に近い感情だった気がする。  私は、クラスで困っている子が相談しにやってきたいつものように、腕を伸ばし、竹内美月の机に自分の消しゴムを置いた。 「え、でも……」  テスト中ということを忘れ、勢いよく喋りだしそうな彼女を手で追い払う。その後は、時間を潰すにはもう眠るしかないと思って、机に突っ伏した。  答案用紙が回収され、先生が名前の確認をしている間に、私の手元に消しゴムが戻って来た。 「あの、ありがとう。すっごく助かりました」
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