クラウド・ナイン

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「なんで敬語なの」 「ご、ごめんなさい」 「謝らなくていいよ」 「えっと、だって、木下さんってやさしくてかっこよくてみんなから慕われていて、そういうところ、私の憧れだから……」  驚いている間にとんでもなく時間が過ぎたように思う。けれど、実際の変化といえば先生が教室に出て行ったことと、竹内美月が廊下に置いている鞄から新しい消しゴムを取りに行ったことくらいだった。気がつけば私の周りには、テストの答えを確認しにやって来る、友だちのような知り合いが、たくさんいた。  そんな教室に、安達智起もいた。彼とは、あの悪夢のような教室から二年間同じクラスだったけれど、彼とだけは、特別親しくなるようなことはなかった。  彼も私のように、周りに人が集まり頼られるタイプの人間だった。けれど私とは違って、彼には心の穴がない。誰でも受け入れてしまえる慈悲深さを持っていて、そして、きっと、誰でも好きになれる。  私とは違う。  私は彼を苦手だと感じていて、その苦手意識はいつしか対抗意識に変わる。誰彼構わず救いの手を差し伸べるような安達智起を「偽善者だ」と心の中で罵り、その場しのぎの薄っぺらい言葉でしか他人と接することができない自分を「これこそが正しい人間だ」と信じようとした。  つまるところ、私は安達智起が嫌いで、もしかすると、最も離れたかった人間であると言えるかもしれない。それなのにこんなことになってしまって、つくづく自分の運のなさを恨んだ。  🏫 「あれ。安達と木下、同じ中学出身なんだ。なら二人で委員長と副委員長、頼むよ」  出会って数日しか経っていないけれど、私は既に、ふざけたような物言いの担任のことが嫌いになった。確かに新学期の委員決めほど面倒なものはないけれど、とはいえそんな大事な役目を、そんな適当な理由で決めていいのかと。というか、同じ中学出身のやつなんて、私たちじゃなくてもいるはずだ。  隣の席のかわいいあの子は、「安達くんと同じ中学校なんて、麻子ちゃんいいなあ」と羨ましそうに見てくる。「どこが?」と強がったけれど、安達が女子からモテるのは、よく知っている。  副委員長にさせられて最初に頼まれた仕事は、空き教室の整理だった。 「まだ美化委員が決まっていない、というのに明日からあの教室を使って授業がある。というわけで、よろしくね」
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