ラスト・エブリデイ

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 その表情と言葉からいろんなことに気づいて、愕然とする。  結先輩は、この人にだけは、何でも話せていたのだ。だって、私と結先輩がどういう関係なのかを知らなければ、私と結先輩が昨日どういう予定で、どういう結果になったかを知らなければ、私に対してそんな表情も言葉もでてくるはずがない。  ――なんだよ、結先輩。私たちの関係は、あれだけ周囲に悟られまいとしていたくせに。結先輩にとっては、掛橋先輩も特別な存在だったんだね。爪が食い込むくらいに、両手をぎゅっと握りしめる。嫉妬なのか何なのかわからないけれど、今は掛橋先輩に何を言われたって攻撃的な反応しかできない気がしたから、私は先輩の言葉を待たずにその脇をすり抜けて屋上へと走った。  軋む扉を開けると、私たちの定位置には何食わぬ顔で結先輩がいた。私と目が合い、昨日の出来事なんて私の記憶違いだと思わせるような笑顔を浮かべる。 「なんで……?」  なんだかもう、ぐちゃぐちゃだ。昨日の出来事への苛立ちとか、結先輩がそこで笑っていることへの驚きとか、やっと会えた嬉しさとか。いろんな感情に、心も頭も追いつかない。 「昨日はごめんね」  その場に立ち止まったままの私を見て、事の重大さにようやく気付いたみたいに、申し訳なさそうな顔で結先輩がすっとすり寄って来た。いろんなことを上手く処理できていない私は反射的に後ずさる。すぐにぶつかったフェンスの真下には花壇があって、さっき掛橋先輩が抱えていたのとは違う花が咲いていた。  ああ、ここは、この間結先輩と戯れていた時の場所と同じだと気づく。あの時は、ただ幸せだった。いや、あの時も掛橋先輩にちょっぴり嫉妬していたっけ。  風に吹かれた頬に違和感を感じて、堪えきれなかった感情が溢れ出たことを知った。そんな私の隣に、結先輩が膝を抱えてしゃがみ込んだのが視界の隅に見えた。 「もう約束破ったりしない。だから糸生ちゃん、まだ私と一緒にいてくれる?」  結先輩がどんな顔をしているのかは、容易に想像できる。その顔を見たらもっと涙が溢れそうな気がしたから、私はうつむいたまま、何度も頷いた。当たり前だ。いつまでも一緒にいたいに決まっている。そう思いながらふと、結先輩がいつか話していた映画のことを思い出した。 「全然違うタイプの男性二人が偶然出会って、共に過ごして、大切な存在になって、最後は壊れてしまった一人のために、もう一人が献身するんだよ」  約束を破ったってかまわない。私は、結先輩のためだったら何だって受け入れるし、できることは何だってする。だからお願い、もう離れないで。
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