ラスト・エブリデイ

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 結先輩の言うことは、ちっとも参考にならなかった。私は否定も肯定もせず、黙り込む。  誰か一人がものすごく我慢をして成り立つ平和というのはつまり、その誰かはとてつもないストレスを抱えなければならないということではないのだろうか。それははたして、神さまの目をまっすぐに見て「平和です!」と言えるものなのだろうか。  結先輩がすらすらと吐いた言葉は、鈍い痛みを伴って私の耳から体内へと侵入していた。私には、それが結先輩の経験からくる言葉なのだとわかってしまった。たったの数か月ではあるけれど、私は私なりに、結先輩の幸せを常に願い、寄り添ってきたつもりだった。だけど、私、結先輩から愚痴とかそういうの、聞いたことあったっけ?  果たして私は、先輩の心のはけ口になることはできていただろうか。ただの自己満足には、なっていなかっただろうか。私は結先輩のために、どうしてあげたらよかったのだろう。  🎬  結先輩の姿が見つけられなくて、久々に麻子と一緒に帰ることにした。麻子は副委員長もするようなしっかり者で、さばさばした性格だけど気遣いもちゃんとできる、付き合いやすい子だ。  久々に結先輩以外と過ごす放課後は陽が落ちるのも速くて、寒さもあって、なんだか心の防御力が低下する。相手が麻子だったから余計かもしれない。 「ねえ、物分かりが良いっていうのは、あんまりよくないことなのかな」 「どうしたの、急に」 「ちょっと麻子の意見を聞いてみたくなったの」  約束を破られたあの日を境に変わってしまった結先輩を前に、最近考えていたことだった。  吹っ切れたように私にじゃれついてきたり、親密さを隠さなくなった先輩。それまでは私の方がそうしたかったけれど、結先輩が嫌だろうと思い、我慢してきた。だけど最近の結先輩を見ていると、ただ勇気やきっかけがなかっただけで、本当は結先輩ももっと早くにこうしたかったのではないかと思うようになったのだ。  勝手に相手について分かった気になって、物分かり良く動いてきたつもりだった。けれどそれは間違っていて、「私はこうしたいよ。結先輩の本音はどう?」って、もっとしっかり踏み込んだ方が良かったのではないかと思えてしまって、後悔のような複雑な感情をずっと飼っている。  何それ、と麻子は小さく笑った。でもすぐに唇を閉じて、続きを促すように視線をくれる。 「もうすぐいなくなっちゃうのに、もっとこうしてたらとか、たらればを思うことばっかりなんだよね」 「え、突然の恋バナ?」 「あ、うん」 「最近の糸生、百面相みたいに表情が変わったり、急に鼻歌なんて歌ったり、変わったなあって思ってたんだよね。彼氏の影響だったんだ」
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