ラスト・エブリデイ

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「本気で言ってるんですか……?」  だけど今、その言葉は、私の胸を抉る凶器以外の何でもない。だって、結先輩は、もう。 「私はまだ、結先輩のこと、受け入れられてないです。それでも、結先輩がこんな形でも戻ってきてくれて、傍にいてくれるのは、すごく嬉しくて。でも、やっぱり、辛いんですよ。こんなに近くにいるのに、結先輩に触れることはできない。それに、もちろん結先輩はいつか消えてしまうはずで、それがいつなんだろうって常に不安で、たまらなくて。もう、毎日、ずっと、いっぱいいっぱいで」  手のひらが湿り気を帯びる。鎖を握りしめる手に力が入って、錆びた匂いが鼻を突いた。血のにおいに似ていた。 「私、結先輩に、私と付き合ってよかったって思ってほしかった。結先輩の潤滑剤になりたかった。でも、上手くいかなくて、後悔が尽きなくて」  結先輩には我慢なんてさせずに、誰よりも幸せであってほしかった。不安や弱さを、私にだけは曝け出してほしかった。私が結先輩にめいっぱいの愛を注いで、結先輩が嫌がることは避けて、いつだって寄り添っていれば、結先輩の潤滑剤になれると思った。たった一人の、替えのきかない存在に、いつかなれるって、信じていた。過信だった。 「それなのに、そんな、死んで良かったみたいな風に言わないでくださいよ……!」  呼吸も口調も荒くなる。だめだ、もしこのまま結先輩が消えてしまったら、私は一生後悔する。わかっているのに、止まらない。 「もう結先輩なんて知らない。どこにでもいっちゃえ」  結先輩は、私を追ってはこなかった。涙を拭うふりをして少しだけ視界を動かしてみたら、私と話していた場所から一歩も動いていない結先輩の姿がわずかに見えた。透過性の増した結先輩の身体の向こうに、うっすらとブランコが揺れていた。  結先輩が約束を破った日の夜、結先輩から着信があった。携帯が震えた瞬間に出た電話口から聞こえたのは結先輩の声ではなかった。相手は結先輩の母親だと名乗った。私があまりにも着信を残していたから、連絡をくれたと言われた。そして、相手もまだ受け入れられていないことがはっきりとわかる、絞り出すような声で告げられたのだ。結先輩は、事故にあって、帰らぬ人になったのだと。  葬儀は親族だけで執り行われ、私は、最愛の恋人の体温のない肌に触れることはおろか、安らかな寝顔を見ることも叶わなかった。
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