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安達は飛ぶように椅子から立ち上がる。うっとうしい。こういう風にして、いろんな人の心につけ込んでいるんだ。
私は何も言わずに教室を出た。ひとりで廊下を進み、校門を潜り抜けている、はずだった。
同じタイミングで止まり、同じタイミングで歩き始める足音にしびれを切らし、駅へと続く坂道を下る途中で振り返る。
「ちょっと、なんでついてくるの」
「いや、ついて行ってるっていうか、俺もこっちだし」
「違う道通れば?」
「んな無茶な」
すると安達は、世界を救う発明でも思いついたかのような表情になる。
「いいじゃん、どうせ家も近くなんだし、一緒に帰ろう」
嘘をつくのが上手い。私たちはお互いの家なんて知らないから、近いのかどうかなんてわからない。ただ、中学校が一緒だった、というだけだ。
ホームに着いたときには、既に人でごった返していた。阪神線の遅延の影響もあるのだろうか。都会特有のガス臭さの隙間をかいくぐって、学生の制汗剤の匂いがする。それを運ぶのは、春の生ぬるい風だ。私は、隣に安達がいるという最悪な事実も相まって、気分が悪くなってきた。
「まもなく、十七時三十四分発、網干行き快速電車が到着します。黄色い点字ブロックの……」
アナウンスが流れ、電車が到着する。私はそっと、列から外れた。
「どうしたの」
安達は目ざとい。ぱっと、離れないよう私の腕を掴む。
「いい。一本後の電車乗るから」
「なんで。行こう。待ったって、どうせそんなに変わんないって」
離してよ、と腕を振り回したかったけれど、安達の力は思ったよりも強くて、私より大きな手のひらは振りほどけなかった。安達に引っ張られるがまま、満員電車の壁際にもたれかかるようにして乗り込んだ。ぷしゅー、とため息を吐くように、すぐそばで扉が閉まる。
「狭いな」
「だから言ったじゃん」
安達は悪びれる素振りのないどころか、悪戯っぽく舌を出した。くそ、最悪だ、と思っていると、電車が激しく揺れる。「うわっ」安達が私に覆いかぶさるようにして背後の壁に手をついた。私の鼻先に、ちょうど安達の鎖骨が当たる。骨ばった体と、シャンプーのようなやさしい香りに包まれる。私の心臓と同じように、電車の揺れが激しくなる。
「ごめん、息苦しいと思うけど、ちょっとだけ我慢してくれる?」
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