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「一回、学校で話しかけられたことがあって。あの時美月は、間違いなく俺に助けを求めていた。なのに俺は、『学校で話しかけるな』って突き放して……。俺があの時違った行動をとってれば、美月はあんなに辛い思いしなくて済んだのに」
まるで、竹内さんの辛さを経験したかのような物言いに腹が立つ。けれどその苛立ちはすぐに収まる。それよりも、高揚感が勝つ。
なんだ、こいつ、私より最低じゃん。
安達は膝に頭を埋め、あの日の記憶を呼び起こしてかわいそうなくらいに項垂れている。かわいそうだな。惨めだな。
私だけじゃなかったんだ。あんな、最低な日々の記憶に苛まれて苦しめられているのは。そしてもう一人は、助けを求める手を振り払ってしまった、重罪人ときた。私は、行動しようとしなかった私なんかより、安達の方がよっぽど最低でかわいそうに思えて、それがわかると足首に引っかかっていた錘が抜け、海面に浮かび上がって行くかのような解放感に包まれる。心が、軽くなった。
「ねえ、安達」
「なに」
「私、これからもっと安達と話がしたい。あの頃の話」
「俺もだよ」
それから私たちは、ときどき一緒に帰るようになった。示し合わせてない日でも、ホームで一緒になると、自然と隣同士並んで電車に揺られた。
こういう風に誰かと二人きりで時間を重ねるのは、初めてのことだった。
自分よりもかわいそうな人と一緒にいると、自分がまだマシに思える。そうやって自尊心を守るために、安達と一緒にいた。最初は、確かにそれだけだった。
けれど、中学二年生のあの日々を真摯に反省し、どうすればよかったのか、本気で、心の底から悩んで囚われている安達を見て、私は少し変わったみたいだ。
「美月が引っ越すまでは家も近かったの。だから、家に帰るといっつも美月のこと思い出す。もういやだ。どうしよう麻子」
いつの間にか、麻子、智起、と呼び合うようになっていた。
いつも太陽みたいに笑っている智起でも、うじうじ、ぐだぐだ、じめじめ悩むことがあるなんて知らなくて、おかしかった。でも、どうにかして私が、智起の心を軽くしてあげたいと思った。
「どうしようって、過ぎたことはもうどうしようもないじゃん。どうすればよかったのかじゃなくて、これからどうしようでしょ」
自分で言っておきながら、ああそういうことか、と納得した。
「んー、やっぱり麻子は頭がいい」
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