1 苦い初恋の記憶

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1 苦い初恋の記憶

 高校2年の夏、茹だるような暑さの中、俺はある一点を集中して見ていた。 「梶原せんぱーい、頑張ってー!」  周り中から上がる女子の声援。それと一緒にエールを送りたくて、でも恥ずかしくてできなかった。  梶原大和。彼は水泳部のエースに相応しい綺麗なフォームで、柔らかく水を掻きながら、それでいて素早く泳いでいく。  他の選手を寄せ付けず、ダントツの1位で泳ぎ着いた大和は、プールから上がりながらちらりとこちらへ目を向けた。そして、親指を立てて微笑む。   「……っ」    途端に、周りから上がる悲鳴じみた女子の歓声。  最近、大和は大会の度に、こんなふうに誰かに微笑むことが増えた。  その相手は彼女か何かで、きっと俺じゃない。俺であるはずがない。  そうと分かっていながら、想いは加速する一方だった。    タイムが一向に縮まらずに、「晩年補欠組」と他の水泳部にバカにされた俺が落ち込んでいた時、大和がかけてくれた言葉。   「周りなんか気にするな。椎葉は椎葉の泳ぎをすればいい」    その一言にどれだけ救われたことか。  大和が誰にでも優しく、だからこそ人気なのだと知っている。  ただ、それでも。   「梶原、先輩……」  大和が更衣室へと向かう後ろ姿を見て、俺はつい追いかけ、呼び止めていた。 「ん?」  大和が、不思議そうに振り向く。  皆、競技に夢中でこちらを見ていない。今なら。 「俺、先輩のことが好きです」    近くの木に止まっていた蝉が飛び立つ。  誰かがプールに飛び込む音。声援。全ての音が一瞬遠ざかった。   「ありえない」  大和の口から吐き出されたのは、たったその5文字の言葉だった。  呆然とする俺を冷めた目で一瞥すると、そのまま大和は更衣室の中に入って行った。  やけに重たい扉の音を聞くと同時に、洪水のように戻って来る周囲の音。   「大晴?」  背後からよく聞き慣れた声で呼びかけられ、びくりと肩を強張らせる。 「どうした、こんなとこで。まだ競技は終わって……」  幼馴染み兼親友の燎がいつも通りに接してくる声が、今は耳に痛い。 「おい、たい……」  肩を掴まれ、振り向かされると同時に涙が頬を伝う。 「え?なんで泣い……っ、おい!」  燎が驚き、呼び止める声を無視して走り出す。  その間、いつまでも大和の冷たい表情と「ありえない」の言葉が反響し、繰り返され、追いかけて来ていた。 
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