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2 傷に沁みる優しさ
翌日、重たい体を引きずるようにして学校の準備をしながら、気を抜けば泣いてしまいそうな自分に言い聞かせた。
もう二度と誰も好きにならない。好きになっても、絶対に想いを伝えることはない。
そうすれば、あんな思いをせずに済む。
鏡で腫れぼったくなった瞼を見て、この顔を見られたらいろいろ聞かれるだろうなと憂鬱になった時だった。
「大晴、迎えが来てるわよ」
玄関の方から母に呼ばれ、迎えとは何だと首を傾げながら返事をする。
「はーい、今行く!」
洗面所から出て玄関に向かうと、そこにいたのは。
「燎?」
「へへ、来ちゃった」
一見して強面で、ガタイのいい燎が可愛らしく言うのが可笑しくて、思わず噴き出す。
「あ!お前、今笑っただろ」
「だって。やめ、身をくねらせたりすんなよ」
暗い気持ちを束の間忘れ、燎と一緒に笑いながら学校へ行く。
登校時はくだらない話はたくさんしたが、一度も昨日のことを聞かれることはなかった。
でも、燎の優しさはそれだけじゃなくて。
「え、どうしたのその目」
「あ、これは……」
登校して早々に、クラスメイトに予想通りの質問をされて困っていると。
「ああ、それな。俺がオススメした『ジョンの一生』っていう映画を見たら号泣したんだってよ。なあ」
目配せしてくる燎に頷いて質問をかわせたり。
退部届を出しに行くと言うと、顧問の先生の顔を拝みたいとか言ってついて来てくれたり。
何でもないことばかりだったけど、それが何日も続くうちに、自分の中で立てた誓いがぐらりと揺らぐ音がした。
だけど俺は、その音が聞こえないように耳を塞いだ。
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