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数日後、渡、遠山、沙也加の3人は山頂近くでは紅葉が始まっている山の斜面を登山服を着て登っていた。
遠山が最後尾で早くも悲鳴を上げていた。
「渡先生、稲垣君、もう少しゆっくり。ハアハア、あのそろそろ休憩しませんか?」
渡が顔をしかめて一喝する。
「10分前に休憩したばかりだろうが! まったくまだ30代のくせに情けない」
遠山にかまわず大きなリュックを背負って渡はかまわず登り続ける。同じくリュックを背負った沙也加が汗をぬぐいながら後に続く。
渡が振り返らずに肩越しに沙也加に尋ねた。
「しかしあの事故で生き残ったとは運がよかったな。君はまだ小学生だったんだろう」
「実は救助隊に見つけてもらうまでの間、カラスが側にいてくれたんです」
「カラスが、かね?」
「はい、頭がぼうっとしていたので、細かい事は覚えていないんですが、とても頭のいい子で、飛行機の残骸から非常食が入った袋をくわえてきてくれて。ビスケットをそのカラスと分けて食べたのを覚えています」
「ふうん、遠山君、そんな事があり得るのか?」
二人よりはずいぶん軽いリュックを背負わされたにも関わらず、青息吐息で必死について来ている遠山は息を弾ませながら答える。
「よく鳥頭とか言いますけど、一部の鳥類の知能は極めて高い事が最近の研究で分かってきています。特にカラスの知能は、少なくとも人間の4歳児並み。もっと高いと言う研究者もいますよ」
渡は所々で地面を掘り返し、少量の土のサンプルを容器に入れ、それを繰り返しながら山頂へ近づいて行った。
やがて山頂に近い、やや平たい、樹木が茂った場所にたどり着いた。草をかき分けて進むと開けた場所があり、高さ1メートルほどの石に慰霊碑が立っていた。
沙也加がその前にしゃがんで手を合わせ、渡と遠山もその後ろに立って慰霊碑に向かって手を合わせた。
沙也加が自分のリュックから一枚の写真を取り出した。のぞき込む渡と遠山に沙也加が告げる。
「ここに映っているのが私の両親なんです」
古びた写真には真ん中に10年前の沙也加、その両脇に上品そうな服装と顔立ちの40前後とおぼしき男女が映っていた。懐かしそうに周りを見回しながら沙也加が言う。
「救助を待っている間、そのカラスにこの写真を見せて、これが私のパパとママよ、なんて話しかけてました。それで気が紛れて、意識を失わずに済んだのかもしれません」
渡が空を見上げて二人に言う。
「じゃあ、そろそろ下山するか。陽が落ちる前に麓の宿に着かないとな」
3人が山の斜面を下り、もう少しで人里という地点に差し掛かった時、その音が聞こえて来た。
バサッバサッという羽ばたきの音。だが、それは異様に大きく響いた。不審に思った3人が上を見上げると、巨大な黒い鳥の影がまっすぐ彼らに向かって降下してきていた。
渡はとっさに沙也加を地面に伏せさせ、その上に自分の体を覆いかぶせた。遠山も近くの木の背後に飛び込む。
その巨大な鳥は渡の頭上をかすめ、再び舞い上がり、数メートル上の空間で羽ばたきを繰り返して浮かびながら、クァックァッと鳴き声を上げた。
遠山はスマホのカメラでその巨大な鳥を撮影しながら、驚愕の声を上げ続けた。
「カラスだ。だがそんな馬鹿な。翼開長12メートルはある。こんな巨大なカラスが日本に、いや、この地球上にいるはずがない!」
その巨大なカラスはさらに数度急降下して3人の頭上すれすれをかすめて飛んだ。3人が必死で物陰に隠れながら逃げ惑っていると、車のクラクションが何度も鳴り響いた。
農家の物らしい軽トラックが走り寄って来て、初老の男が運転席から首を出して叫んだ。
「あんたたち、無事か?」
巨大なカラスはクラクションの音に怯えたのか、くるりと向きを変えて山の上の方に飛び去って行った。
渡は沙也加を助手席に乗せてもらい、自分と遠山はトラックの荷台に乗って、市街地まで運んでもらった。
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