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やっとのことで家賃三万円のアパートに辿り着き、一階の二室目の前で鍵を取り出した。ガチャッという聞き慣れた鈍い音と共に古びた鉄の扉が音を立てながら開く。この一室に入ると外の世界から逃れられたように感じるため、毎度安心感を覚える。一息吐いた俺は鍵を玄関の棚に無造作に放置し、靴を脱ぎ捨て、奥の部屋に入っていった。
『...~あ。こんなに散らかして。これだから君は』
突然聞こえたその声の方をばっと見ると、そこにはそいつがいた。
「おま...なんでいるんだよ」
そのうち消えるだろうと思い込んでいた猫が、何故か俺の目の前にいる。その驚きに俺の心臓が一瞬跳ねたように感じた。
『ところで僕はどこで休めばいいんだい?とっても歩き疲れたよ』
招かれざる客は貴族でも気取ったように、唯一床の見える場所に腰を下ろした。
『猫はとっても綺麗好きなんだ。勘弁しておくれよ』
「何勝手に居着こうとしてんだよ。これは俺の部屋だ。さっさと消えねぇと窓から放り投げっぞ、毛玉」
『それが僕の名前かい?とってもいいね!気に入ったよ』
乱暴な言葉に傷つくよりも、どうやらその猫は「毛玉」と呼ばれて喜んでいるらしかった。
「おまえ、毛玉の意味、知ってんの。」
『いいや、毛玉って何だい?まあ、どんな意味でも君がくれた名前だからそれでいいよ!』
知らずとも毛玉と呼ばれて喜ぶ奴がいるなんて。それがおかしくて、意味は教えず俺はその猫をそう呼ぶことにした。
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