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 金曜日の午後十一時を回っても、祐介は帰ってこなかった。  悲願だった進学校に入学して一ヶ月、新しい環境や対人関係にもようやく少し慣れてきて、初めての試験が迫っているというのに。 「夜遊びなんて!!」  携帯は何度かけても圏外で、応答の気配はない。  塾に確認したが、いつもどおりの時間に出たという。 「いったいどこをうろついてるのかしら」  リビングのテーブルに肘をついて、ぼんやりと画面を見ていても、ニュースの内容はさっぱり頭に入ってこなかった。  どこかの中学校で集団リンチがあり、複数に暴行された子供が病院へ運ばれたという。  この手のニュースには、由起子は敏感だった。  まさか、祐介も……。  血と泥にまみれた幼い顔が脳裏をよぎった。  にの腕に立った鳥肌をさすりながら、テレビを消したとたん、電話が鳴った。 「祐介っ! いったいどこにいるの?」  安堵のあまり大声が出た。  しかし、電話の相手は祐介ではなかった。 「荻野さん? 佐藤だけど…」 「美津子さん……」  祐介が中学の頃仲良くしていた佐藤一之の母親だった。  声を聞くのは久しぶりだった。  あの事件が起こってからは、以前のように連れ立ってランチや買い物に行くことはなくなっていた。 「由起子さん、もしかして、祐介くんもまだ帰ってないの?」 「もってことは、一之くんも?」  二人の間に重苦しい沈黙が降りた。  別々の高校に進んでから、祐介と一之が互いに連絡を取り合っていたのかどうかはわからない。  高校生ともなると、我が子ながらその交友関係まで把握するのはもはや難しくなっていた。 「由起子さん、知ってる? 帰ってきてるのよ、中里さん」 「中里……さんが?」  急激に口の中が渇いて、言葉が出なくなった。 「ええ、一月ぐらい前、偶然見かけたの。ホームセンターで……」  中里貴徳は同じく祐介の同級生だった。  線が細く、声の小さな顔色の悪い子で、生前もそれ以後もおなじくらい覇気のない顔をしていた。 「がりがりで理屈っぽいヤツだよ」  祐介からときどき聞かされる愚痴は、そのまま貴徳の印象として由起子の中に刻み込まれていた。 「なにかクラスで盛り上がってても、一人だけしけたツラして文句ばっかり言ってる」  学級委員としてはやりにくい相手だったのかもしれない。  正当化するつもりはないが、担任教師も体よく祐介に押しつけていた面もあったのではないだろうか。 「でも、どうして……」  自分の住んでいる街に帰ってくるのに理由がいるわけではなかったが、中里貴徳の母親は二度と帰ってこないものと勝手に得心していたところがあった。 「関係、あると思う?」  美津子の問いはほぼ同時に由起子の脳裏にも浮上していたものだった。 「わからないわ、他の子たちはどうなのかしら」  他の子たち、というのは、同じく同級生だった田淵 薫と渡辺 真琴のことだ。  事件の現場におり、貴徳に暴力を加えた。 「聞いてみる。また連絡するから」  電話が切れてから、由起子は自分が震えているのに気づいた。  何度も時計を見上げ、そのたびに胃がぎゅっと痛んだ。  美津子からの電話は、十分後にかかってきた。 「やっぱり、帰ってないって」  美津子はすでに半泣きだった。  世間的にみて、高校生の男子の帰宅が十二時に迫るというのは珍しいことではないかもしれなかった。  ただ、祐介たちには特殊な事情があったのだ。    
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