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「祐介はどこなの、教えて、中里さん、後生だから」
「土の中よ」
あずさは無表情に告げた。
「一年掛けて場所を探したわ。今頃、自分の置かれた状況にようやく気がついた頃かしら。闇の中でひとりぼっち。無音ではないと思うわ。土の中にはいろいろな生き物がいるから」
「どこなの? 言いなさいよ」
激高した知美があずさの肩を突いた。
「こんなことしてタダで済むと思うの? 通報して、渡辺さん」
「そうよ、これは犯罪よ」
礼子も同調して叫んだ。
あずさは痛そうに肩をさすりながらも、さらに言葉を重ねた。
「すぐに死ぬことはないから安心して。水と食糧を入れておいたから。手足も充分に伸ばせるし、窮屈ながら座ることだって出来るぐらい広いの。自分の手さえ見えない闇なんて想像したことある?」
あずさは言いながら自分の手を凝視している。
青い血筋の浮いた亡者のように骨張った腕だ。
ぞっとして由紀子は母親たちと顔を見合わせた。
「狂ってる、あんた狂ってるわ」
「あの子たちが貴徳くんの事件に関わりがあったとしたら謝るわ」
「どんな賠償でもします、お詫びします」
「でもこんな酷いこと……考えなおして!あの子たちまだ子供なのよ」
「あたしはあるわ」
口々に唾を飛ばしてわめく母親たちにあずさは言った。
「は?」
「眼が開いているのかどうかもわからないくらい深い闇よ。貴徳が死んでからいつもその闇のことを考えていたの。叫び声も怒号も哀願も後悔も贖罪も救済することの出来ない圧倒的な闇」
夢見るように両眼を伏せてとうとうと語るあずさの顔は憤りや恨みと言うより、安堵の表情に満ちていた。
「許して、お願い。何でもするわ。復讐なら私を代わりに殺してくれてもいいわ。一之を、あの子を返して」
恥もプライドもかなぐり捨てて、床に膝をついて額をこすりつけて哀願する美津子に、一同は息をのんだ。
「私もこの通り謝ります、許してください」
「許して」「ごめんなさい」
知美と由紀子もそれに続く。
あずさの足下に4人の母親が土下座した。
しかし、あずさには届いていないようだった。
「棺を開けることはできないわ。こじ開けて自由になりたいでしょうね。空気が通るだけの路はあるの。叫べば声が漏れるかもしれないけれど、心配はしてないの。
人の言葉がわかる者がいなければ、叫びなんて風の音より無意味だもの」
知美が顔を上げた。
その顔は怒りでどす黒く染まって見えた。
言葉にならない叫び声を上げて、あずさに掴みかかり仰向けに倒れたあずさに馬乗りになってわめいた。
「どこにいるの? 子供たちはどこなの? 言え、言いなさいよこの人殺し」
「生きてるわよ、無傷で。髪の毛一本たりと損なっていないはずよ。暴力は嫌いなの」
あずさは平静な声で言った。
「暴力は嫌い。私も貴徳も。なんの解決にもならない上に、悪い事態を招くのよ」
「今なら許してあげる、今夜の事は通報しないし、誰にもしゃべらない、だから早く居場所を言いなさい」
小柄で細身のあずさは、知美に肩を掴まれ揺さぶられるたびにゴンゴンと床に後頭部を打ち付けた。
あずさはゲラゲラと笑い出した。
「許さなくていいのよ、通報でもなんでもすればいいじゃない」
「なんですって?」
「私があなたたちの子供を許さないのと同じように、あなたも私を許さなくていいのよ」
「そんな……」
「この人でなしっ!」
美津子があずさの髪を引っ張った。
礼子が横腹を蹴りつけ、由起子は胸を踏みつけた。
怒りは連鎖と増幅を繰り返し、狭いリビングをヒステリックな怒号と悲鳴が埋め尽くした。
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