キスマークは残さないで

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***    気づいた時から『そういうコト』が大好きだった。こっそり兄のパソコンを使って、兄の『おかず』を見たり、自分でスマホを持つようになったら『そういうもの』を漁ったり。  中学卒業と同時に処女も卒業した。相手は同じ学年で、一番モテていた男の子。彼はとっくに経験済みだと吹聴していたからうまいのだと思ったけれど、ただ痛いだけだった。  高校、大学共に、結構な人数と関係を持ったけれど……どれもイマイチ。これなら一人でシテる方がましだと思っていた。  あの日までは。 「……っ?!」  会社帰り、電車の中はいつも混んでいる。背後にもぞもぞとした人の動きは感じていたけれど、特に気にしていなかった。それが良くなかったのかもしれない。じめっとした手のひらが、私のお尻に触れるのを感じた。  同意のある行為は大好き。だけど、こうやって一方的に触って、自分勝手に気持ちよくなろうとする行為は大っ嫌い。さて、どうとっちめてやろうか……そんな事を考えていると、その手が急に止まった。 「次の駅で降りましょう」  頭の上から声が聞こえてきた。スーツを着込んで、真面目そうな男性が男の手首を掴んでいる。 「な、なんだよお前!」 「痴漢行為は犯罪ですよ」 「証拠でもあんのかよ!」  ちんけな男は大きな声を出す。電車の中で、私は視線を集めてしまい、恥ずかしくなる。 「証拠があればいいのか?」  すると、反対側からまた違う男の人の声が聞こえてきた。柄物のシャツにだらりとぶら下がったネクタイ。首元には金色のネックレス。間違いなくカタギではない風貌。彼はスマートフォンを振った。 「あるけど」 「……は?」 「変な動きしてんなと思って、撮った。後で『使える』と思ってさ」  男の顔はサッと青ざめ、観念したように大きな息を吐いた。私たちは次の駅で降りて、駅員に男を突き出し、警察も呼んで色々話を聞かれて……気づいた時にはとっぷりと夜も暮れていた。 「今日はありがとうございました」  私は助けてくれた二人に深々と頭を下げる。 「災難でしたね」 「気にすんなよ、俺にしちゃこんな事よくあるから」 「あの、ありがとうございました。それで、お礼をしたいので……」  連絡先を教えてください、そう聞こうとしたら柄シャツのお腹から「ぐー」と大きな音が聞こえてきた。私と真面目男は顔を見合わせて、クスリと笑う。 「せっかくですし、お食事でもご馳走させてください。あなたも」 「……恥ずかしいところ見られちまったな」 「もう遅いですから、お腹すいてもおかしくはないですよ」 「よーし。それなら、俺の知ってる飯屋いこーぜ。この近くだし、うまいんだ」  柄シャツに連れて行ってもらったのは、路地裏の隠れ家的なイタリアン。値段もそこそこリーズナブルなのは、私に気を使ってくれたからかもしれない。私たちはそこで食事をして、改めて連絡先を交換した。  翌週の土曜日、柄シャツこと君島光樹に会った。食事をしてそのままラブホに行って、抱かれた。荒々しいけれど繊細な愛撫。始めはタトゥーに驚いたけれど、それ以上に、初めての感覚に衝撃が走った。  その次の日の日曜日、真面目スーツこと菅原浩介と会った。食事をして、彼の部屋に行って、抱かれた。恥ずかしいけれど、甘く溶けてしまいそうな濃厚な愛撫。これも初めてだった。  翌週も、その翌週も、土日を利用して二人に会った。  そして、さらにその翌週。二人からそれぞれ交際を申し込まれた。さて、困った。どちらを選ぼうか。片方を選ぶということは、もう片方と二度とセックスできなくなるということだ。それは実に惜しい。馬鹿みたいな考えだけど、それを失うと思うと悔しかった。  だから、私はそれをありのまま打ち明けた。二人は口をポカーンとあけ、黙って私の話を聞いた時思えば……大きくため息をついた。 「だめ?」  私が首を傾げるともう一回。呆れ果てている。 「バカなの? お前」  そう言ったのは光樹。 「まさか、こんな事を言われるとは」  そう額に手を当てるのは浩介。 「名案だと思ったんだけど」 「……僕は、いやきっと彼も同じだと思うけれど、君を独占したいと思っているんだ。共有するつもりはないよ」 「いや、俺は別にいいぜ」  浩介はギョッとした顔で光樹を見る。 「そういうクレイジーさ、悪くない。お前みたいな女は初めてだから、楽しませてもらうさ」 「ありがと。浩介はどうする?」 「いや……僕は……3人でするなんて、したことがないし」 「それなら今からヤリに行くか?」  浩介はさらに驚いていた。 「試してみて、だめだったらそれで終わり。いいだろ? ここから近いし、俺んちでいいか?」 「試すって……急に言うなよ。安藤さんだって色々準備することがあるんじゃないか?」 「私はいつでもオッケーだけど」  浩介はさっきから驚いてばっかりだ。そして、観念したように大きく息を吐く。 「わかった。一度試してはみる。けれど、僕はきっとダメだと思うから、先に謝っておくよ」  結局、一番ノリノリだったのは浩介だったっていうオチだ。
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