§アル・フィーネ

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 アンドリューはいつも週の中頃にパリへ行く。  早朝の列車で着くと、まずは眠っているレオナードを起こし、一日の予定を聞いた。    人付き合いが苦手なわりに、レオナードは声楽の伴奏を頼まれることが多かった。英語もフランス語も話せるから、という理由だけではない。歌い手たちの曖昧な音程が気になるレオナードが、数ヘルツの微妙な誤差も指摘するせいらしかった。  夕食は近くの惣菜屋で買い、夜は二人でゆっくりと過ごした。一晩中愛し合い、彼が疲れて眠りこむ早朝、アンドリューは別れも告げずにベッドから抜け出す。  顔を合わせて泣かれてしまうとつらかった。  事務所の社長は何度か会ううちに、アンドリューを頼りにするようになった。読み書きや交渉事が苦手なレオナードに代わって、アンドリューが彼のスケジュールを管理した。  週末はいつも自宅へ帰るようにしていたが、心の半分はレオナードのもとへ残したままだった。  アンドリューの妹は、結婚後も子供を連れて頻繁に実家へやってくる。  夫とうまくいっていないのではないかと心配するアンドリューに、妹は笑って言った。 「ロバートは勉強中なの。この子はパパが大好きだから、彼の姿を見ると離れなくなるのよ。彼も子供が大好きで、いつまでも遊んでばかりいるから、勉強が進まなくて困るわ」  あのロバートが、そこまで自分の息子に愛情を注いでいることを、アンドリューは意外に思った。
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