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部屋に着いたころには、午後9時を過ぎていた。ロンドンに帰るなら、そろそろ駅に向かわなければならない時間だ。
「帰るの? 明日また来てくれる?」
コートを脱がないアンドリューに、レオナードが尋ねた。不満げだったが、帰ることは想定していたのか、どこか諦めたような表情をしていた。
「今夜は泊まれないんだ」
アンドリューの言葉に、彼は黙って頷いた。こんなふうに聞き分けがいいと、それはそれで心配になる。
レオナードはもう、アンドリューを必要としていないのだろうか。やはりあの男について行けばよかったと、後悔しているのだろうか。
「実は、俺には家族がいる。妻と子供が…」
言い訳をするように、アンドリューが言った。レオナードはさして驚いた様子もなく、静かに答えた。
「うん、分かってたよ」
驚いたのはアンドリューの方だった。
彼には一度も、家族の話をしたことがない。両親や姉妹の話はもちろん、妻子の存在をほのめかしたことすらない。情報を共有できるような、共通の友人もいないはずだった。
「多分そうだろうなって思ってた。だってあんたみたいな人に、奥さんがいない方がおかしいもん」
レオナードが言った。
「どうして? いつからそう思った?」
「だって…。週末は来られないって言ったときから、あんたの様子が変だった。僕を見る目も、なんだか悲しそうだったし…」
それならば最初から、彼はアンドリューの変化に気付いていたのだ。
あのとき彼は、もう会えないかもしれないと言った。
アンドリューが来なければ、終わってしまう関係だと言った。
黙って待つのは耐えられないと言った。
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