§アル・フィーネ

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 本番の当日も、アンドリューは彼に付き添って劇場へ出掛けた。  出演者が少年少女なだけに、客席は両親や祖父母などの家族や、友人たちで満員になった。  指揮者はアンドリューをちらりと見て不愉快そうな顔をしたが、態度には出さなかった。前半はオーケストラだけの小作品集で、休憩を挟んだ後半にショパンのピアノ協奏曲がある。  レオナードは普段の不安定な精神状態が嘘のように、堂々と本番の舞台を迎えた。そもそも彼は不必要に気負ったり、虚勢を張ったりしない。  俗世間とはかけ離れた、違う次元を生きているかのようだ。  彼は悪意も偏見も抱かず、誰かを貶めたりもしなかった。  あるがままの自分と向き合い、何事にもとらわれず、淡々と自分のなすべきことを果たそうとした。  無垢で純真な彼の姿が美しかった。  人に裏切られ、踏みつけにされても、彼は世の中を恨まかった。   清らかな心で偽りを嫌い、美しいものを好んだ。  争わず、戦わず、日向で寝転ぶ猫のように無欲だった。  まるで石ころの中に混ざった希少な宝石のようだ。  その他大勢の人間とは、明らかに彼を構成する要素が違う。  その特異性がまばゆいほどの輝きを放って、アンドリューや周囲の人間の目を引き付ける。  彼を何度この手で抱いても、慣れたり飽きたりすることはなかった。  彼は一瞬一瞬を、全力で生きている。
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