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先に断っておくが、俺は鈍感ではない。
むしろ自分に向けられた感情の機微には敏感な方だと思う。ことさら好意に関しては。
「冗談じゃないすか!!いやー、でもそう言ってもらえると副委員長冥利につきますね!!やる気出たんで少し書類貰いますね!終わったら投函するんで!じゃ…」
「なぜ逃げる?」
「逃げてないです」
「この部屋で作業した方が効率が良い」
「…」
委員長の笑顔を見ただけでなんでこんな気まずさを覚えなければいけないのか。
あれは幻覚だったのかと思うほど、委員長はいつも通りの綺麗な仏頂面を浮かべている。もしかしたら幻覚だったのかもしれない。
ここで押して自分の部屋に逃げたら俺だけ意識してるみたいでめっちゃ嫌だな…と思い、結局立った席にそのまま着席する。
委員長から手渡された書類にばしばしと判子を押す作業を始めた後、いつまで経っても雑念は消えなかった。
…
日が傾き、モノトーンの部屋が赤く照らされ始めた頃、ノートパソコンを閉じる音が耳に届き顔を上げる。委員長の「お疲れ様」という声に、作業が一区切りついたのだろうと察した。
「いつの間にこんな暗くなって…これが…アハ体験…!?」
「そうなんじゃないか。こんな時間まで、す………いや、有難う」
今絶対すまなかったとか言おうとしたな。
委員長、堅物だけど後輩思いだからな。こういうところが憎めないというか…
「こちらこそお疲れ様でした!ちゃんと飯食って風呂入って寝てくださいね!不潔な委員長は解釈違いなんで」
「なんだそれは…」
ここら辺でお暇するつもりで玄関に向かう。見送るように壁に凭れる委員長は、昼より眉間の皺がだいぶ少なくなっていた。
それじゃ、と扉に手を掛けたところで後ろから声が掛かった。
「保泉、先程俺に副委員長にした責任をとれと啖呵をきっていたな」
「げっ」
昼のてんやわんやの話題は気恥しいからあんまり話したくない。委員長に向かって白目剥いてやろうかなと思ったけど、振り返ることは叶わなかった。
トン、とうなじに指先が添えられる。
「お前は俺の忠犬だったな」
背中に銃口を突きつけられているような気分になり、身動きがとれなくなった俺に委員長は言葉を続ける。
「ならあまり生徒会に尻尾を振るな。お前の飼い主は俺なのだろう?」
…は。
背中をそっと押され、ご苦労だったという言葉を後ろに聞きながらフロアに押し出される。
ばたんと無情にも扉が閉まる音。
生徒会に尻尾を振るな、という委員長の言葉を反芻する。
委員長からは俺が尻軽犬に見えていた…という事?
「まって、ちょっと!!俺あいつらの犬とか絶対嫌ですからね!?副会長は満更でもないですけど………委員長聞いてます!?」
『喧しい、近所迷惑だ。帰って寝ろ』
「酷い!!!!」
泣く泣く自室に戻り、結局丸一日風紀の仕事で費やした事に気づいてまた泣く。こうして貴重な休日が終わったのだった。
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