▹いつメン水入らずの梅雨

7/10
3125人が本棚に入れています
本棚に追加
/200ページ
「お前が風紀の保泉透だな?」 このシチュエーションを何度体験したことか。 明かりの消えた空き教室への呼び出し、必ず最初に入る人物の確認、此方を睨み付ける生徒の恨みがましい表情。 この三拍子が揃ったとなれば、もうそういう事なのだろう。 事の発端は昼休みまで遡る。 … 「やだやだやだぁ保泉ちゃん達とご飯食べたいー!」 「副会長を困らせるんじゃありません!俺が怒るぞ!!」 「保泉ちゃんが副会長ばっかり贔屓するー!」 2-Sの教室で年甲斐もなく駄々をこねるマキノ。 昼休みを返上で生徒会の業務をしなければいけないらしく、休み時間早々にマキノを連行しに来たのはあの麗しき二階堂副会長だった。 教室の入口でマキノを待つ姿も、立てば芍薬と形容するに相応しい凛とした美しさだ。 「副会長にはずっとお傍にいて欲しいけど自己中心的な考えで困らせるのは男が廃る!副会長、マキノを生贄に捧げます…!どうぞ会長への供物なりなんなり…!」 「ふふ…相変わらず面白い子ですね。保泉くんとお話していると、生徒会室に行きたくなくなってしまいます…」 「副会長…!」 副会長がふんわりはにかむ姿を目撃してしまえば、どんなに可憐な花も恥じらいを覚え蕾を閉じてしまう事だろう。 俺に向かって(たお)やかに微笑む副会長の姿を直視できず、思わず両手で目を押さえた。 「副会長のそれ(サボり癖)はいつもでしょ」 野次を飛ばすマキノのケツを蹴り飛ばす。 ぴーぴー鳴くマキノを抑え込み、結局泣く泣く生徒会の二人の姿を見送った。 副会長ともっとお話したかった…と嘆く俺を見て、実は最初から居た桔梗が冷ややかな視線を向けてくる。 「行儀が悪い」 「ごめん桔梗ママ…」 大人しく自分の席に着席する。 今日は、というか今日もお昼ご飯は桔梗お手製の弁当だった。 朝早く風紀に呼び出されててさ〜と軽く愚痴ったところ快くお昼ご飯を作ってきてくれたのだ。まったく出来る嫁だ。 そしてうきうきで弁当箱を開いたところで、ピカっと稲光が空を駆け巡った。 生徒達が思わず窓の外を向いてしまうほど眩い光で、あ、これは近いなと察する。 そして数拍遅れた雷鳴と共に彼はやって来た。 「__あの」 ドォン、と重い落雷音。 まだ梅雨だと言うのにこの天気はなかなかだなあと緩く思考している時、不意に肩を叩かれ振り返る。 「透、客」 「んー?」 俺の肩を叩いた桔梗が向ける視線の先には、あの日以来の平くんの姿があった。 前は俺の事怖がってる様子だったから、なんで?という疑問よりも先に、驚くほど彼の顔色が悪く思わず席を立つ。 パッと見で只事では無いと理解出来た。 「…弁当仕舞っておくからな」 「ありがと桔梗、後で食う!」 言葉短に教室を離れる。 平くんはきっと注目を浴びる事を好まないだろうから、とりあえず人通りの少ない廊下まで彼に移動してもらった。 周りに人が居ない事を確認して、俯いたままの平くんに声を掛ける。 「どしたの平くん」 「っあ、あの、俺、断れなくてぇ…!」 「おわっ」 人目のつかないところに来た途端、平くんはぼろぼろと泣き始めたものだからびっくりした。 すみませんだの嫌だったのにだの、なかなか話の要領が掴めないレベルの錯乱に、思わず鵜飼に思いを馳せてしまう。 「よしよーし家庭料理だよー…保泉先輩は平くんに酷いことしないから、まあゆっくり話してごらんよ」 念の為弁当箱から摘んできていた桔梗お手製だし巻き玉子を平くんの口に突っ込ませてもらうと、幾分か落ち着いたようだった。 この子の体質特殊すぎるだろ。 「うう、保泉先輩を空き教室に呼び出せって言われて…絶対酷い事するつもりです、彼奴!だから先輩行っちゃダメなのに、俺、伝えなかった時の事考えたら怖くて…」 ぐすぐすと鼻をすすりながら平くんが教えてくれた話はこうだ。 悪い生徒に俺を呼び出すよう脅されていて、俺が来なければ平くんが酷い目に遭うかもしれないと。 この平くんの怯えようから、呼び出しが血なまぐさいものである事は明らかだ。 呆れた。 わざわざ同級生を脅して先輩を呼び出す回りくどい下策をしておきながら、堂々と風紀に喧嘩を売る矛盾した姿勢も気色が悪い。 俺を呼び出した生徒の名前は、狼谷(かみたに) 凌牙(りょうが)というらしい。 鵜飼からその名前を聞いた事がある。 確かチセの取り巻きの、一匹狼くんだったか。 …そして指定された空き教室に到着したところで待ち構えていた狼谷に声を掛けられ、冒頭に至る。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!