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「お前、チセに気があンだろ」
「うわ」
本題に入ったと思えばこれ。
鋭い眼光で此方を睨み付ける狼谷という生徒は、シルバーに染めた髪に制服を滅茶苦茶に着崩した、いかにも!という風貌をしていた。
でも見た目で偏見は良くないしきちんと質問には応えないとな。
「お前もしかして…腐男子とかなの?」
「…テメェ、ふざけてんじゃねぇぞ」
念の為確認したら一蹴された。
だって鵜飼と似たようなこと聞くんだもん…。
ともすれば、やはり狼谷の目的はチセ関連なのだろう。今朝委員長から聞いたばかりの『噂』が頭を掠める。
__その噂は、『風紀の狂犬は転校生に惚れ込んですっかり腑抜けた』というものだった。
まったくの事実無根なんだけどね。
俺の噂を聞いて喧嘩売りに来たのかまったく関係なしに牽制しに来たのかは定かではないけど、此方を射殺さんばかりに睨め上げてくる狼谷はきっとチセの事が大好きなのだろう。
好きで好きで、目が眩んで暴走してしまうくらいに。
「…もしそうだと言ったら?」
挑発的に笑い飛ばす。
頭に血が上った目の前の男が衝動的に拳を振り上げ殴り掛かってくる様を見て、結局は暴力かと酷く白けた気分になった。
迫る腕を軽くいなし狼谷の腹に膝を入れる。俺に殴り掛かってきた勢いが災いし、そのまま膝が鳩尾を強く抉った。
「、ッが………!!」
肺から酸素が一気に抜けたのか、苦しげな声なき悲鳴が耳に届く。
一歩下がれば、狼谷は鳩尾を震える手で押さえながら惨めに床に転がった。
「『ふせ』が遅い。やっぱり犬の方がお前より利口だな!」
「はッ………は、…」
返答もままならず肩で息をする狼谷の髪を引っ張りあげると、痛みで酷く歪んだ顔が現れた。
鵜飼から聞いたところによると、一年生の間でも此奴の精悍な顔つきや引き締まった体が人気なんだとか。今は見る影もないけど。
「お前が殴り掛かったのが俺だから悪いとか風紀だから悪いとか、そういう問題じゃないのわかる?わかってんなら返事しろ、今すぐ、早く」
「……っ、わ、わか」
「遅い」
掴んでいた髪を離す。床に顎を強く打ちつけたのか、狼谷が鈍い呻き声をあげた。
今狼谷がしようとしたように、俺がしているように、暴力で捩じ伏せるのは簡単だ。
寧ろ手馴れた奴等にとっては最も効率的な手段なのかもしれない。
ふと、先程の平くんの様子が思い浮かぶ。
彼と同じ後輩に酷い事をしているという自覚がありながら口を止める事はできなかった。
「お前、こういう事これまで何回やった?」
勝手に口角が上がる。
本当に、馬鹿馬鹿しい。
「………っ、ま、まだ…誰も、殴ってねぇ…」
「脅しは?」
「…した」
狼谷は息も絶え絶えに、けれど従順に返答した。
この教室に入ってきた時の威勢の良さが嘘みたいに、彼は縮こまっていた。
「この件は風紀の上に報告する。然るべき処罰を受けろ。迷惑かけた生徒達に反省を示して、その後はチセの横に居るなり想いを告げるなり好きにするといい」
「お、前…………」
「さっきのは嘘でーす!!チセはただの可愛い後輩だよ。でも俺がチセの事をどう思っていようが、お前には関係ないよね?」
狼谷の乱れたシルバーの髪の毛を雑に撫で付けると、反抗的な顔つきをしながらも怯えの色が濃く滲む瞳が窺えて。
眉間の皺を一層深くしながら小さく頷く姿に、乾いた笑いが溢れた。
言葉で説明すれば狼谷も理解してくれたかもしれないけれど、俺も結局は暴力という手っ取り早い手段を選んでしまった、狼谷と同類のクズだ。
「狼谷、俺達犬同士うまくやろうぜ?」
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