流れる先の嗜好品

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流れる先の嗜好品

潮風が吹き貫く 海沿いの道は、 吹き飛ばされる勢いだ。 すっかり着慣れた和服に 身を包み座る後部席。 わたしが20分で着付けと髪結いを 上げれる様に なったのは一重に副女という 役職のお蔭。 あれから 数年PTAに身を置いた後、 わたしと会長は 冤罪同然の断罪劇に合った。 でも、 後悔はしていない。 お蔭で、わたしは普通では 得れないモノを得れたから。 こうして和装を完璧に こなせる様にもなったのだ。 365日。 式典ばかりの世界で、 正装といえば着物。 このアーマードスーツに身を包み、 両手が筋肉痛になる程の 紅白饅頭を持って 離着任式典を迎えたのは この季節だった。。 「どうかした?」 隣き座るナツヒコが、 声をかけてくれる。 「いいえ、そういえば、 離着の時期だと思って。」 「はは、そうなんだよね。 一同介して公会堂で発令されたら 一斉に連絡が入るんだっけ?」 「そうよ。連絡が入って一斉に、 紅白饅頭に、結び昆布、サキ イカ、紅白梅を調達するのよ。 多くの学校で動く時は、品切れ するから近隣の副女に連携 とって情報共有してね。ふふ」 「いつ聞いても、面白いよ。 紅白饅頭を黒盆に山形に積んで 紋付き風呂敷で走るんでしょ? 相手の出迎え役員が真っ青に なるほどの完璧な着物でさ。」 「それを教えてくれたのが、 先生なのよ。本当に恩人だわ。」 そろそろ目的地と、 運転席から声を掛けられて、 クラッチバックから 古びた珈琲袋を取り出す。 『白薔薇工房』 結局、 断罪されたと同時に主人の転勤が 決まり、 PTA人生は終わったけど、 それでも、 あのシュトーレンは わたしの十八番になり 心強い武器になったのだ。 そして、 この珈琲の味だけが、 どうしても忘れられなくて、 袋だけを 持ち続けてきたのだから 笑ってしまう。 「住所を見た時は驚いたわ。」 電話番号はなく、 インターネットにもない工房の 住所は足摺岬の近く。 目的地だと言われて 後部座席から 身を乗り出し驚いた。 そこには 広大な駐車場が現れ、 黒塗りの車が何台も止まって いたのだ。 わたしは隣のナツヒコに、 頭を傾げる。 「もしかしたら全部、 購入客なのかしらね?」 わたしは、 ナツヒコが開けてくれたドアから 車を降りて 看板が掛かる 大きな工房のドアを開けた。 「いらっしゃいませ。」 思いもよらない 懐かしい声がして、主を見る。 「せん、せい、、?」 「あら、39~44代目副女さん。 久しぶりね。どうしているかと 思っていたのよ?ほら、この 季節でしょ?元気そうね。」 「本当に、先生、ですか?」 かつて小学校の家庭科準備室で 見たままに、 ピンクのエプロンを着けた 立て巻きロールヘアの先生が ニンマリ笑っていた。 「そうよ。ああ、実はね珈琲の 焙煎は、わたくしがしてるの よ。この焙煎工房でね。あら、 そちらは、お連れ様かしら?」 「はじめまして、孫のナツヒコと 申します。お見知りおきを。」 紹介と共に颯爽とナツヒコが、 先生に頭を下げて 両の手で名刺を差し出す。 「あらあら好青年ね。 もしかして、なのかしら?」 「先生。今回孫のナツヒコは 縁ありまして、出馬させて 頂く事になりました。この度 こちらの珈琲を買いに足を 運びましたのでございます。」 名刺を受け取り、 ナツヒコに微笑む先生に、 わたしが挨拶と事情を述べる。 それにしてもと 思う。 「まあまあ、それは!なら、 あちらに御名刺出して挨拶 されたらいいわ。先輩になる 方々の秘書さん達だから。」 先生の言葉に、 ナツヒコがいち早く動くと、 折り目正しくお礼を述べて、 示された方へと歩いて行った。 「有り難うございます。わたしも あれから先生は今どこにいら しゃるかと思っておりました。」 ナツヒコの後ろ姿を送り、 わたしは先生に向き直る。 「そう?」 「全くお変わりないですね。」 全く。わたしはすっかり 孫のいる老女になったのに。 「フフ☆」 先生は美魔女のまま。 きっと、次に先生が 『今ごろ、どうしてるかしら』と 思う頃、 わたしの方が先立っていると 悟った。 先生を見ると、 大を2つと小を1つ、袋を持って いて、 「嫉妬だけは気を付けてね。」 と笑う。 芳しい薫りが潮を纏って、 予言めく。 終
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