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胃袋を掴む真意
それは不思議な珈琲だった。
味はもちろん言うことなしの
クリアな喉ごしに
芳ばしい薫りは
どこかスモーキーかつ
焼き栗のような芳醇な甘味を
かぐわせる風味。
それでいて、どこまでも
優しく、水本来の味を
際立たせる後味。
「本当に、他の珈琲が飲めなく
なる中毒性ね。焙煎もいいし、
いったいどんな原種なんだろ」
裏返して焙煎元を見るが、
住所は意外な場所で
聞いたことのない
『白薔薇焙煎』
と印字されている。
「個人焙煎かしら?にしても
この味が出せるって玄人よね」
何より、
この魔法のような珈琲の威力は
目が覚めるものだったのだ。
「副女さん!こんにちわ!あ、
やっぱり珈琲淹れてるー。」
1人のお母さんが
PTA室の引戸を開けた。
「いらっしゃい。図書の貸出
ですか?お疲れ様です。では」
わたしは透かさず
マシンでドリップした珈琲を
カップに淹れて彼女が座る
机に出す。
「頂きます!あー、美味しい。」
PTA図書委員で
今日の担当さんは一気に珈琲を
飲み干した。
「喉乾いてたんですよ。」
そう照れる彼女に2杯目も
勧めると、
「ありがとうございます!」
お礼を告げて、
今度はゆっくりと珈琲を味わい
はじめた彼女。
本来PTA活動などは
夫婦共働きや、副業をする
最近の親達には
面倒な活動であって、
出来れば関わりたくない
間柄になる。
最初は召集をかけるのも
一苦労したが、
次第にそれが苦にならなくなる。
「こんにちわー。あ、空いてる」
「相変わらずいい薫りするね。」
常にPTA室に人が寄る様に
なったのだ。
それも、長居する人が殆ど。
「広報です。今日も編集で使い
ますね。あ、ありがとうござい
ます。いつもすいません。」
それも、会員だけでなく
地域の役付きや、学校教師、
管理職と
PTA室には机で幾つもの島が
毎日出来る盛況さ。
「副女さん、近年稀に見る
PTA室の稼働率やわ。凄い!」
遅れて来た事務員さんが、
今日もPTA室を見て
驚いている。
一重に此の魔法のような珈琲の
お蔭としか言い様のない
現象が起きていた。
「こんにちわー☆今月分を、
お持ちしましたわ。事務員さん
今日も忙しいそうですわね。」
どんどんお母さん方が
入っては
わたしが珈琲を出す中に、
件の先生が今月の珈琲を
持って現れた。
いつもの立て巻きロールを
揺らして
大胆な花柄のワンピース姿。
今日は花売りさながら
手提げ籠まで下げている。
先生は慣れた様子で
躊躇なく奥に置いている
PTA室の冷蔵庫に
紙袋を入れていく。
「先生、いつも有難とう
ございます。この珈琲、
大盛況で本当に助かってます」
わたしは席から立って
先生に向かって
折り目正しく礼の形をした。
「あら!それは嬉しいわ。
今日は、せっかくいつもお世話
になっているから、お歳暮がて
らスイーツを持ってきたのよ」
先生はそう言って楽しそうな
瞳で、手に下げた籠を
机に置いた。
「先生、これは、、?」
「いやあね、シュトーレンよ。
よろしければ、今いる皆様にも
御配りしますわよ?どうぞ。」
置かれた籠には
赤いチロリアン模様の
ペーパーとカールリボンで
ラッピングされた小分けの袋。
見た目は恐ろしく
可愛らしい。
開けると、
薄ーーくスライスされた
クリスマスの伝統菓子、
シュトーレンだ。
「じゃ、頂きます。」
「どうぞ。お口に合うかしら。」
言葉では謙遜する先生の顔は
自信に満ち溢れている。
それも、そのはず
一口食べたわたしは
その味と食感に
悶絶した。
人生で、食べたシュトーレンで
一番の美味しさだ!!
「こ、これ、は、、」
空いた口が塞がらないとは
よくいった!!
口に、驚愕で自然と手がいく。
明らかに、
クリスマスケーキやら
ブッシュドノエルなぞとは
もう食べる気がしない美味さ!!
クリスマスには
シュトーレン一択だ!!
概念が塗り替えられる
代物が
ここにあった!!!
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