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食物を己の武器にする女
「いらっしゃい。必ず来るって、
思ってましたよ。副女さん。」
小学校が冬休みに入る終業式前。
各所に渡す
お歳暮を決めた後
家庭科準備室のドアを
恐る恐る
開けて言われた言葉。
「!!!」
その予言めいた台詞を吐かれて
わたしは
狼狽えた。
「シュトーレンでしょ?☆」
少女を思わせながらも
艶絶な笑顔を先生に向けられ
「、、はい。先生、
あのシュトーレンが何処の物か
教えて頂けないでしょうか。」
あえなく陥落。
我ながら2つ意味で滑稽な
言葉を云ってると解っている。
何故なら
「あらあら、ごめんなさいね。
あのシュトーレンは、わたしの
手作りなのよ。って、もう
わかっていらっしゃるわね。」
解りきっている。
今目の前の家庭科準備室には
お目当ての
シュトーレン達が夥しい数
並んでいたのだから。
「、、、、はい。」
ここは不思議なお菓子工場?
と錯覚する
甘い芳ばしい匂いが心を捕らえる
完全に堕ちてる。
「教えて欲しい?レ・シ・ピ」
その中に立つ先生の姿は
軽くカルチャーショックを受ける
程に、ピンクのエプロンが
凶悪だ。
重ねて
先生の真っ赤なルージュの唇が
弓なりになると、
催眠術を描けるかに
人差し指を立てられた。
「先生から出来上がりを買い上げ
させて頂くことは出来ますか?」
ヘンゼルとグレーテルが
魔女と会した恐怖を
うっすら共感してしまう
ぐらい倒錯する敵わない感覚。
抗うように
美魔女へ
申し出てを挑んでみる。
「まあ、それは出来ないわね。
予約が一杯なのよ。それに、
1つ6000円になるわよ?」
20センチ程の大きさに
6000円、、、
ボッタクリかと思いそうになるが
ここに足を運ぶまでに
食べたシュトーレンの味が
どうしても忘れられず、
散々インターネットや
百貨店を探したわたしには
シュトーレンの相場が
嫌でもわかる。
有名ホテルで出しているモノで
5000円していた。
先生の答え、6000円、妥当だ。
でも条件が付け加えられた。
「同じ値段でレシピを教えて
作るなら出来るのだけど?」
ようは、材料は用意して
教えるが、
自分で作れと?
しかも6000円は取るぞと?
何を企んでいるのだろうと
つい邪推する。
「実は原価それぐらいかかるの。
知ってる?シュトーレンてね、
海外ではコンテストがあるぐらい
作り手で味が変わる伝統菓子
なのよ。日本で商用製造して
いるのは、殆ど同じ工場なの。
理由は、時間と手間と場所が
必要だからなのね。だから、、」
先生は立て巻きロールを
指で弄びながら
お願い上目遣いをする。
何より、あれだけ調べた
シュトーレン達は、
レシピだけ提出された
同一工場で作られている
クローンだと教えられる。
「わかりました。お手伝いで
レシピと御教授頂きます。」
「察しがいいのは、さすがね」
条件を、飲む。労力を差し出せ。
ということだ。
しかし、
これだけ作っていて
まだシュトーレンを作るの?
しかも小学校の家庭科準備室で。
「その代わり面白い話をして
あげるわ。わたしの昔話とね
合わせて。フフ、早速はじめ
ましょうか、副女さん?」
先生は一枚の紙を寄越して、
シュトーレンで使う酵母も
フルーツで自家製した
天然酵母だと
わたしにドライフルーツと
計量機を渡した。
「わたしが先生って呼ばれるのは
何故か知ってらっしゃるの?」
レシピを見ながら、
酵母を作る為に計っていく。
「もともとお料理学校の教師を
していたのよ。経営も任され
てね、それが20代で。とても
苦労したわ。あの頃はね、
料理人が先生の時代だから、
皆んな男性でね。師匠先生も
男性の料理家だったわね。」
その料理家を聞いて驚愕する。
今はその息子がよくテレビで
見かけるが、
その父親が師匠となると、
この先生は本当に
何歳なんだ?
「わたしの家は代々老舗に卸す
鮮魚青物を市場の大棚もして
たから、女でも商いも捌きも
してたわ子供の頃から。だから
それを師匠先生が見初めたの」
先生は手際よく話ながらも、
わたしが計った
ドライフルーツを
水と一緒に容器に入れると
フタをして、
わたしにもう一度渡し
とにかくシェイクして振らせる。
「戦後の家庭料理の変化ってね
凄まじくて。それこそ料理家
先生が台頭しては各地に学校を
開いたのね。経済成長と合わせ
て余裕ある子女なんかが通うの」
天然酵母は2~5日ガスを溜める
とレシピにある。
先生は、振った容器と、
日が経った容器を入れ替えた。
いわゆる
『こちらが、出来上がりの』
の状態で酵母されていたモノ。
「その中でわたしみたいな小娘が
学校をまかされたのは幸運ね」
魔法みたいに話つつの手際で、
わたしを、導くスキル。
先生がいかに
出来る教師だったか解る。
先生は次に粉やらバターやら
砂糖を
美しく整えた指でパパっと出して
また一枚紙を見せるので、
わたしはレピシ通り
計っていくだけ。
いつの間にか
オーブンは余熱がすでに
されている。
「わたしが先生と呼ばれるのは、
その時の教え子さんからな
の。年上の生徒ばかりなのよ」
教え子という、誰も彼も
先生より年上に見える人達だと
その人々を思い描けば
先生の年齢が
いかに見た目とギャップがあるか
わかって恐ろしい。
「料理学校時代から、次第に
家で教室をサロンで開く方々が
出てきて、今度はそこへ呼ばれる
ようになったわ。車に実家から
食材を積んで各地に出向いた。」
計ったモノを
クッキングシュレッダーで
高速に、こ練ると、
ナッツやドライフルーツを
その生地にまぜ混む。
今度は冷蔵庫で
寝かせるからと
またも持っていかれて、
入れ替えに『発酵出来たモノ』を
先生に渡される。
「お蔭で、たくさんの顔繋ぎを
させてもらえたりしたわ。
経済界、政財界、奥様を通じ
てね。その台所入り込むの。」
生地を形に整えれば
先生が
蜂蜜色した
溶かしバターを上から
たっぷりすぎるぐらいかけて、
わたしが粉砂糖を
まぶした。
「副女さん、人って絶対食べる
でしょ?食べる為に人は闘える
のよ。そして、お金を持つ人に
なると、少なくても美味しい物
を求めるの。暴君ネロみたいに
ね。色んな人と出会うと 、わか
ったのよ、食べ物はね 人の心を
掴む武器に成り得るってね。」
そうして、
抽出したエスプレッソみたいに
圧縮された
先生の言葉が
い並ぶシュトーレンを前に
わたしの頭に
注がれる。
「副女さん。貴女も『これ』って
物を武器になさい。美味しい物
を求めるのではなく、美味しい
物で求めるモノを得れる様に」
並ぶ半分のシュトーレンに
2回目のバターと砂糖を
あとの半分に3回目の
バターと砂糖をかけ手伝う
わたしの瞳を
覗き込む先生。
「戦国Pの世界にようこそ。
どこまで成り上がれるかの
秘訣は、もう副女さんは
お分かりよね?また何か
あれば、いつでもどうぞ☆」
先生はそう言って
出来たシュトーレンの列から
赤子を抱くように
1つ取り上げラッピングすると
わたしに差し出し
「嫉妬だけは気を付けてね。」
聖母の微笑みを湛えて
わたしの頭を子供にするように
撫でた。
クリスマスが近づく
終業式の午後。
小学校の家庭科準備室には
金の延べ棒の如く
夥しい伝統菓子が並び
どこかに贈られる。
小判は饅頭の下に。
札束は菓子紙袋の底に。
そんな賄賂セオリーが
なんだか妙に府に堕ちた
冬。
きっちり後日支払い請求は
されて、
わたしたち当代役員は
未曾有の躍進を数年のうちに遂げ
そして先生の予言通り
男の嫉妬で断罪された。
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