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西暦五〇五五年、『エネルギー規制法』が施行された。
地球は長きに渡る人類の支配により、資源が枯渇し始めていた。人類はエネルギーという言葉に敏感になり、新なエネルギーはないかと躍起になっていた。エネルギー不足の中注目されたのが、感情がもたらすエネルギーだった。とある科学者が人間の感情からエネルギーを抽出することに成功させた。怒りという感情が最もエネルギーとなるようで、怒りの感情が露わになりやすい被験者を使い、見事怒りをエネルギーに変換させ、電球を光らせていた。テレビで実験の様子を放送したところ、大きな反響となった。
科学者はインタビューに対し口を開けた。
「皆さん。怒りという感情はとても有用です。お金にお困りの方は是非、我が研究所にいらしてください。怒りの感情を我々で買わせていただきますので」
科学者の言葉に、様々な人間が飛びついた。科学者はにこやかに人々を案内してゆく。科学者に怒りの感情を売った人々は口々に言う。
「いつもイライラしていたが、今は清々しい気分だ」
「何で怒っていたのか、もう忘れたよ」
「君も是非、彼の元へ怒りを売りに行くといい」
やがて世界に怒りの感情を露にする者はいなくなった。怒りを露にすると、人々がひそひそと小さな声で囁くのだ。
「あの人、まだ怒っているのかしら」
「お金になるのだから、売りに行けばいいのに」
「エネルギーに変えないなんてエコじゃないわね」
怒りに寛容ではない世界。そんな世界にも楽園はあった。人々に隠れるように建っている小さな店、『憤怒バー』だ。店には独自のルールがあり、店内では怒りの感情を抑えなくてよいことになっている。店員も例外ではなく、店内は怒号や喧嘩が絶えない場所だ。ここに一人、怒りを堪えた客がやって来る。
「マスター、俺の怒りを聞いてくれよ」
「ええ、何でも聞きますよ」
マスターはにこやかに客の怒りを引き出してゆく。
客は怒りを売らなかった。感情を売る、という行為に薄ら寒さを感じたからだ。一方で、いつも自分と喧嘩していた友人が怒りを売った。怒りを出さず、にこやかな笑みを湛える男。以前であれば想像できなかった姿だ。男にとって目の前のかつて友人だった者は、改造された人間のようだった。多くの『改造人間』を見てきた男は固く誓ったのだ。決して怒りを売るまいと。
怒りの感情を表に出す度に、客は孤独になっていった。仲間を探すべく男が辿り着いたのはこの店だった。男は感情を押し殺すことなく怒りを露にする。まるで服を脱いだような解放感があった。
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