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『ユリ』
苦い思い出しかない。
それは、高校二年生の時。面と向かって私に、「ハルユキと別れて欲しい」と言ってきた、ただ一人の人物だ。
「みんな、困ってるんだよね。ハルユキはあんただけのハルユキじゃないってこと、わかんない?」
「私、そんなつもりじゃ……私とハルユキは隣の家だし、」
「ただの幼馴染なんでしょ? だったら、毎日一緒に帰るとか、やめてくれない?」
そして、捨て台詞のように、「ハルユキと絡む時間が全然ないのって、あんたのせいだから。女子全員、そう言ってるんだからね」
女子全員なわけないでしょ、クラスの半数が彼氏持ちなんだから、とツッコミたかったけど、不毛なのでやめた。
それ以来、ハルユキのこと好きなんだオーラ全開で、私を事あるごとに睨みつけてくる。それが苦痛に過ぎて、私の胃腸が最初に悲鳴をあげた。診断は急性胃腸炎。とまあ、こんな風にとんだ目にあったことがある。
その頃からもちろん、ユリは私の苦手な人物となった。
そして、当の本人は。最近では周りにも引かれているというのにそんなことどこ吹く風でケロリとして、今もハルユキにアタックし続けている。
「あんたから奪ってやるって息巻いてたの、私、聞いちゃったよ」
十年来の私の友人、サッちゃんからそう聞いたこともあった。サッちゃんとは大学が違ってしまったので、最近はあまり会えていないけど、久しぶりに会えば会ったで、ユリに邪魔されていない? アイツほんと粘着だな、と心配を寄越してくれる。
そんなこともあり、スマホの着歴を見てさあ、心の中ではあーあってなったんだよ。
(まだ、諦めてくれていないんだ)
私はそんなことを考えながら、車のフロントガラスがそのまま負のオーラに侵食され、真っ白けっけになるのを、ぼうっと見ていた。
ハルユキが着替え終わるまで、ずっと。
「ナツナ、フロント、エアコン回して」
悪戦苦闘がようやく終わり、後ろから声が掛かる。
はっとして、意識を戻す。
「あ、う、……うん」
エアコンのツマミを回す。ボオォォっと音を立てて、ぬるい空気が流れていくる。
そして、今度は白く曇っていたフロントガラスが、クリアになっていくのを見ていた。
(もしかして……早く帰って、ユリに会うのかな)
ユリが時々、ハルユキの家に押しかけてきていることを知っている。
そして、お昼ごはんの時、コーヒーを買う自販機の前で、ハルユキがスマホを見ていたことも、悲しいけれど知っていた。
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