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「……今日のナツナ、おかしい」
その言葉に、私は心底、笑ってしまった。
「はっ、おかしいのはハルユキの方だよ」
「俺は、別に……」
ユリの名前なんて、この口からもあの口からも出したくない。もう一度言うけれど、高校の時、散々振り回されて、胃腸炎にもなったんだから。しかも急性だぞ、急性て‼︎
「私だって別にだよ。もう早く帰ろ」
「死んでもいいだなんて、」
「もういいからっっ、帰ろっっ‼︎」
そして、ハルユキはハザードを切ると、そろりと運転を始めた。車がのろっと本道へと出る。
「ごめん、ゆっくり行くから」
暗い声。
私がスピードのことで怒っているんだと思ってる。
違うし、いや違わないけど、やっぱり違う。
けれど、私は窓の外を睨みつけているから。喉の奥にねっとりとした言葉が詰まったようになっている。
その場を取り繕うような言葉は、ひとつでさえ言えなかった。
✳︎✳︎✳︎
「もうスピード出さないから。機嫌直せよ」
「……ん」
霞んだ道の向こう。行きに通った、あのハラハラした橋が見えてきた。
私が怒ってから、ハルユキはゆっくりの運転に戻してくれている。
その様子を見て、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、ハルユキのしぼんでいった態度に、私の中は徐々に申し訳ない気持ちで占められていった。
「な、晩メシ、俺が奢るから」
「……お金あんの?」
「うっ、あんま高いのは奢れんけど」
「わかった、もういいよ」
まだ、声に尖った部分がある。自分でもわかる。よくわかるのは、自分の言葉だからだ。
「ナツナ、今日さ、晩メシ食ったらさ……」
橋に差し掛かる。ぶおっとエンジンが吹いて、上りの坂道をあがっていく、カチンコチンに凍った細かい雪を、ガガガッと潰しながら、スタッドレスが悲鳴のような音を立てている。
橋は凍る。
それを証明しているような音が、車内にも遠慮なく響いてくる。
もちろん、車のタイヤが氷を食んでいく細かな振動が、お尻にも腰にも、そして身体全体にも伝わってくる。
「ば、晩メシ食ったらさ、ちょ、ちょっと時間、……」
ハルユキが言いかけた、その時。距離で言うと橋の真ん中、高さでいうと橋の頂上を通り過ぎた時だ。
西日がキラッと光り、一瞬、目の前が光で包み込まれた。
「わ」
「わ」
ガリガリガリガリ。
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