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18 消えた死体
「う、嘘だろ……!?」
日暮れ町を管轄している警察署で、一人の若い警察官が呟いた。彼は血相を変えて、安置室の中から飛び出して行く。
「おい、どうした。検視をするんだろう」
遅れてやってきた上司の男は、訝し気な顔で彼に問うた。若い警察官は取り乱し、ガタガタと震えながら安置室の方を指差している。
「それが、遺体がないんです! 確かにそこにあったのに!」
「何だって!?」
上司の顔に険が寄る。彼は開け放たれたままの入り口に掴みかかり、慌ただしく室内を覗いた。壁から引きずり出された冷凍保管装置の台からは、まるで最初からいなかったかのように、跡形もなく死体が消え失せていた。
数日前、日暮れ町の森で死体が見つかった。第一発見者は近所に住む専業主婦だ。散歩をさせていた犬が、森に向かって頻りと吠えたことで、異変に気が付いたのだと言う。
その出来事を皮切りに、日暮れ町周辺で変死体が発見されるという事態が相次いだ。死体の首には細い針のようなものを刺された痕があり、大量に失血していたらしい。そして、警察に運び込まれた死体は、どういう訳か必ず検視の前に消えてしまう。警察署に誰かが忍び込んだ形跡もなく、関係者の間でかなりの騒動になっていた。
「という話を、ネットの匿名掲示板で見たのだよ」
そう言って瓶底丸眼鏡を押し上げた男に、沙月は目を瞬かせた。休み時間に廊下へ呼び出して何かと思えば、先輩お決まりの特ダネの報告だった。
不謹慎ではあるが、これまでの沙月なら「幽霊か魔法の仕業だ」と興奮して食いついていたところだろう。しかし今は違う。その手の話を聞いたら、まず一番に、幼馴染の抱える問題と関係があるのではないかと警戒するようになっていた。
「僕はね、きっとゾンビになって蘇った死体が、町の中をうろついているんじゃないかと推測しているんだよ。栖原くんはどう思う?」
新聞部の部長である田中は、奇妙なほど細い腕を組んで満足そうに問いかけてくる。その様子を見て、沙月は返事に詰まってしまった。自分の直感は、その話題に首を突っ込まない方が良いと言っている。しかし、自分を遥かに上回るほどオカルト話に傾倒している彼を、どうすれば引き止めることが出来るだろうか。
「えっと、部長。それは警察の領分というか、あまり深追いしない方がいいかと……」
「おやおやおや? 新聞部ともあろう者が、怖気づいているのかい?」
挑発的に笑う田中に、沙月は苦笑いを返した。一族のことを知る前に交わした、ちあきとの会話を思い出す。彼女は事情を話せぬまま、何とかして自分を食い止めようとしていた。今ならその苦悩がわかる気がする。
「怖いと言うか、私の勘がマズいって言ってるんですよ。部長も知ってるでしょ? 私の野生の勘は高確率で当たるって」
珍しく及び腰の沙月を見て、田中はむうっと口を尖らせる。
「確かに。栖原くんの勘は下手な占いより頼りになるからな……」
一度は納得した様子を見せたものの、彼は未練がましく「でもなあ、面白そうな話題だし」と、ぶつぶつ言っている。そこで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、二人の会話は打ち切られた。
「じゃあ、そういうことで部長。また次のスクープに期待しましょう!」
面白いもの好きの彼が、これで諦めてくれるだろうか。沙月は一抹の不安を覚えながらも、彼に手早く挨拶を済ませて教室の中へと戻って行った。
放課後。沙月は生徒が捌けた教室内で、盛大な溜息を吐いた。
「てなわけでさ、部長がやる気満々で冷や冷やしたよ」
「田中先輩、スクープに目がないもんね」
ちあきは数度会話したことのある、ひょろひょろとした先輩の顔を思い浮かべた。沙月もだいぶ曲者だと思うが、その彼女が言うのだから、田中はさらに上を行く変人なのだろう。ちあきが同意するように困り顔をしてみせた所で、沙月の鞄の中からひょこりと朝日が顔を出した。
「沙月さん、ホシューっていうのには行かなくていいんですか?」
その言葉に、彼女は思い詰めた様子で動きを止めた。
聞いてわかる通り、沙月は中間テストの結果が悪かったため、ばっちりと補習対象になってしまったのだ。それも今日から三日間予定されている。
「行きたくないなあ……」
沙月は机に力無く上半身を預ける。
「適当に理由つけて帰るのはダメなんですか?」
そう言ったのは、いつの間にか顔を出していた大河だ。ちあきもその意見に同意だった。ここのところ物騒なことが続いているし、律儀に補習に出なくてもいいのではないかと思う。勉強なら家でも出来るのだから。
彼女が口を開こうとした時、後ろの扉から教師が顔を出した。生徒の間で鬼と比喩される堅物な男だ。
「おーい栖原! 何やってるんだ、補習始まるぞ!」
「いっ、今行きます!」
少し怒り口調の教師に、沙月は慌てて席を立った。
「じゃあ私行くけど、帰り気を付けてね!」
「うん、わかった」
「わっ、沙月さん! 鞄を乱暴に持たないで下さいよ~っ!」
沙月は鞄を引っ掴んで、慌ただしく走り去って行く。朝日が驚いて抗議する声は、瞬く間に廊下の奥へと消え、教室の中に静寂が戻る。
「じゃあ、暗くならないうちに帰ろうか」
「はい」
ちあきは鞄を担ぎ直すと、大河とともに教室を後にした。
「あっ、ちあき! ちょうどいい所に!」
昇降口を出ると、クラスメイトの南が校庭の方から走り寄って来た。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「そこ! 校門のところ!」
南は息の上がったまま、背後に見える校門を指差した。女子生徒たちが黄色い声を上げて、中央に立つ人物を取り囲んでおり、謎の人だかりが出来ている。
「あのイケメンが来てるのよ!」
「えっ、何で!?」
「またまたぁ!」
驚くちあきをよそに、南はニヤニヤと笑いながら肘で小突いてくる。
「ちあきを迎えに来たんでしょ? いつの間に進んでたのよ!」
彼女はまたもや勘違いをしているようだ。「隅に置けないなあ」などと感心している。
「いや、そういうんじゃ……」
「ほら、早く行ってあげないと! 女子に囲まれて困ってたよ!」
ちあきの反論など、まるで聞こえていないようだ。南はちあきの背中を強引に押すと、校門へと向かわせた。
「悪いが人を待ってるんだ」
響介は集ってくる女子生徒たちに対して、丁寧に断りを入れていた。相変わらず愛想は無いが、周りの女子生徒的にはそれすら興奮材料の一つらしい。あちこちから、クールで格好いいなどという声が飛んでいる。ちあきが呆れながら近づくと、彼は校門に預けていた背を浮かせた。
「じゃ、私はこれで!」
「あっ、ちょっと!」
響介がこちらに足を向けたのを見て、南はあっという間に女子の群れの中に戻って行く。諦めて顔を正面に戻せば、彼はすでに目の前に立っていた。
「帰る所か?」
「あぁ、うん。そうだけど……」
後にも先にも、こんなに居心地が悪いことはないだろう。視界の隅からひしひしと感じる女子生徒たちの羨望の眼差しに、ちあきは頬を引きつらせた。
「あの二人は?」
「部活と補習」
「あいつらは一緒に帰るか?」
「うん、そうだけど」
珍しくたくさん話す彼に、ちあきは首を傾げながら答える。
「わかった。家まで送って行く」
「……急にどうしたの?」
確かに彼が居てくれた方が安心ではある。しかし、自主的に来るなんて一体何事だろうか。何か裏でもあるのだろうかと、ちあきは勘ぐってしまう。
「佳哉に頼まれたんだ」
その名前が出た途端、信頼度が一気に跳ね上がる。少しだけ懸念があったが、ちあきはせっかく来てくれたのだからと、送って行ってもらうことに決めた。
道中、ちあきたちは否が応でも通行人の視線を集めた。
やっぱり、こうなると思ったわ。
ちあきは早く家に帰りたいと胸中で繰り返しながら、響介の半歩後ろをキープしていた。二人の間に会話らしい会話はなく、鬱々とした空気が流れる。気を利かせた大河が、時折当たり障りのない話を振ってくれたおかげで、何とか場が保たれている有様だ。
人通りが減ったところで、ちあきは打開策に思い至り、意を決して言った。
「あのさ、あんたって見た目は変えないの?」
「何故そんなことを聞く?」
いや、冷静になって考えてみて欲しい。こんな人工物のような美形が隣に居たら、道中目立つこと間違いなしだろう。他人にじろじろ見られるなんて最悪だ。注目されることが好きな人ならまだしも、こちとら平和を望むごく普通の女子高生である。派手な同行者はご遠慮願いたい。
というのが本音ではあるが、それをそのまま言える訳もなく。
「敵に顔が割れてるんでしょ? だから、そのままは危ないと思って」
ちあきは必要に迫られる理由をこじつけて、あたふたと言葉を並べ立ててみる。すると、響介は一瞬の間を置いてから口を開いた。
「出来ないんだ」
「えっ?」
ちあきは驚いた様子で見つめる。響介は珍しく落ち込んだ表情を見せていた。
「混血だからなのか、俺は姿を変える能力だけ欠けている」
その答えに納得するとともに、ちあきは自分の稚拙さに恥ずかしくなった。彼の抱える悩みに比べたら、自分の悩みなどちっぽけなものだ。
「そうだったんだ。大変だね」
「問題ない。確かに顔は割れているが、それは異常な力を持つ化け物としてだ。簡単に喧嘩を売ってくる奴はいないから安心しろ」
一見頼もしそうなその言葉に、ちあきは欠片ほどの切なさを感じて押し黙った。
鞄のポケットから顔を覗かせた大河と目が合う。彼も同じことを思ったらしく、その細い目には戸惑いの色が浮かんでいた。
「あ、ここでいいよ」
住宅街の中に見慣れた赤い屋根を発見し、ちあきは立ち止まった。ようやく家に到着し、緊張の糸が解ける。ちあきはホッと溜息を吐くと、塀の前で響介に向き直った。
「送ってくれてありがとう」
「あぁ」
素っ気ない彼の返事を聞いた後、ちあきは石畳を踏んで玄関に向かった。彼女がドアノブに手を掛けるより早く、玄関の扉が開く。顔を出したのは、母親である小春だった。
「ちあき、今帰ったの?」
「うん、ただいま」
「おかえりなさい。って、あら?」
いつもの調子で挨拶をするも、小春の視線はちあきを追い越して、何故かさらに後ろへ向いている。
「そちらの方は?」
背後を振り返り、ちあきは目を見張った。そこにまだ響介が立っていたのだ。もう立ち去っていたとばかり思っていたのに。響介も小春の登場は予想外だったようで、少しばかり驚いた様子で固まっている。
何と説明すればいいだろうか。知り合いと言っても、女子高生が二十代くらいの男と何処で繋がりを持ったのかと疑問を持たれそうだ。近所の人間関係はほぼ把握されているので、沙月や宙の名前を出しても不自然に思われる。頭を働かせていると、ちあきの頭にぱっと薫子のバーが浮かんだ。
「えっと、たまに行くカフェの店員さん。方向が一緒になって」
あのバーはかなり穴場だ。小春が好むような店ではないから、今後も接点はないだろう。それに、店の手伝いをしているから全くの嘘という訳でもない。
少しドギマギしながら言うと、小春は感激したように笑顔を見せた。
「まあまあ、いつもちあきがお世話になってます!」
「いや、別に……」
花が飛ぶような底抜けに明るい表情で詰め寄られ、響介は若干後退る。
「うちの子ったらあまり愛想がないでしょう? ちゃんと良い子に育てたつもりではあるんですけど、店員さんに迷惑をかけたりしていませんか?」
「大丈夫、です……」
彼の敬語など初めて聞いた。狼狽えながら受け答えする響介を見て、ちあきは思わず吹き出しそうになる。それよりも、早く解放してやらないと彼が可哀そうだ。
「ほら、お母さん! そんなに引き止めたら迷惑でしょ!」
「あら、ごめんなさいね」
ちあきは笑いを堪えると、小春の肩を掴み、さっと後ろへ身を引かせた。小春は怒り声を出されても気に留めた様子はなく、優雅に微笑んでいる。
場の空気が混乱してしまい、ちあきは逡巡した末にぎこちなく口を開いた。
「じゃあ、また」
「あぁ、周りには気を付けろよ」
響介は落ち着きを取り戻して告げると、今度こそちあきの家を後にした。何を今さら。彼の背中を見送りながら、ちあきは胸中で呟いた。
「そう言えばお母さん、何か用事だったの?」
「ん? 郵便受けを見に行こうとしただけよ」
小春はのほほんとした調子で、軒先にある郵便受けの中を覗く。そして、何通か入っていた封筒を手に取ると、ちあきと一緒に家に引っ込んだ。
「それにしても、さっきの店員さん優しいのね」
「はっ!?」
ダイニングテーブルで封筒の中身を確かめながら、小春はニコニコと呟く。先ほどの一分にも満たない会話の中で、どうしてそんな判断が出来たのだろうか。
「だって、ちあきが家に入るまでちゃんと見てたじゃない。最近物騒だから、心配してくれてたんでしょう?」
恐らくそれは、佳哉に言いつけられた義務感からだと思う。ちあきは白けた表情で、小春のあどけない声を聞き流した。
響介はちあきを送ったその足で、薫子のバーへ向かった。準備中のプレートが掛かった扉を押し開く。ベルの音に反応して、奥の厨房から薫子が出てきた。
「響介ちゃん、いらっしゃい! 佳哉に用事かしら?」
薫子はタオルで手を拭きながら、パタパタと笑顔で駆け寄って来る。
「あぁ」
「ちょっと待っててね」
薫子は二階に向かって、大声で佳哉を呼んだ。響介が来ていることを告げられると、佳哉はすぐに階段を下りて来た。
「あ、響介! 今ちょっと手が離せなくて……」
佳哉は両手で段ボールを抱えており、少し困った様子である。タイミングが悪かったようだ。出直そうかと思った時、薫子が彼の持つ段ボールをひょいと奪った。
「これで終わりだから大丈夫よ! もう料理の仕込みも済むところだし」
「えっ、でも」
「いいのいいの! わざわざ来たんだから、何か大事な用事でもあるんでしょう?」
薫子はぱちんとウインクをすると、段ボールを抱えたまま厨房へと引っ込んで行った。
「ごめん、ありがとね!」
佳哉は厨房に向かって言葉を投げかける。響介は少しだけ気まずく思いながら、カウンター席に腰を掛けた。
「悪かったな」
「いや、私も話したいことがあったから」
バーカウンターに向き直った佳哉の顔に、少しばかりの緊張が走る。
「あのニュース見た?」
「あぁ、偶然現場近くを通りかかった。警察に回収されていく時に少しだけ見えたが、やられたのは一族の奴だな」
「やっぱりそうなのね。あの名前、何処かで見たことあると思ったのよ」
佳哉はげんなりした様子になり、額を手で押さえる。
「ねえ、あの子たちだけでいさせるのは不安だわ。あんた登下校の時、付き添ってあげなさいよ」
彼のその言葉に、響介は決まり悪くなり口を噤んだ。
「ちょっと聞いてる?」
「……あぁ、そうする」
既に行っていることが知れたら、佳哉にからかわれそうだ。響介は肘をついた手で、そっと自分の口を覆った。
「ふふん、一人で調べる分には誰も文句言うまい!」
それから数時間後、田中は忠告を聞き流して探索に出かけていた。小遣いを貯めて買った相棒の一眼レフカメラを首に下げ、日暮れ町内を練り歩いている。
頃は秋も深まる十一月上旬。既に日は沈み始め、地平線に引っ掛かる真っ赤な太陽がギラギラと光っていた。辺りは赤と黒の激しいコントラストで染まり、散った木の葉が渇いた風に揺れている。昆虫が蠢いたかのようなカサカサという音は、大好きなホラー映画の演出そっくりで、彼の興奮を誘った。
「ふひひっ、良い感じに化け物が現れそうだ!」
死体が人目の付く場所で見つかったという情報はない。それならばと、彼は南西の森へ足を踏み入れた。事件が立て続く中、この森では何も起こっていない。次に何か起こるとすればこの場所だろうと目星を付けていたのだ。
そろそろと芝生の道を進みながら、辺りに耳を澄ませる。彼は自分の運の良さに期待して、スクープの登場を待った。
しばらく代わり映えのしない景色が続き、森の中心部に差し掛かった時だった。少し先の木陰から、何やら話し声が聞こえてきた。それは決して話し合いなどという可愛いものではない。荒立った物言いは、遠くから聞いても完全に口論だとわかる。
田中は音を立てないように気を付けながら、声のする方へと近づいて行く。そして人影を見つけると、彼は木に隠れてその様子を窺った。
人影は若い男女だった。二人は徐々にヒートアップし、いつの間にか掴み合いの喧嘩に発展している。痴情のもつれだろうか。田中は昼ドラの如き展開に息を飲み、さっとカメラを構えた。
次の瞬間、女が男の首元に齧り付いた。男は最初だけ苦しそうな呻き声を上げていたが、だんだんと身体から力が抜けたようになり、膝から崩れ落ちていく。地面に倒れ伏した男は、もうピクリとも動かない。刺激的な物語の多い現代に生まれた彼でも、初めて見たその光景に開いた口が塞がらなかった。
全身から血の気が引いていき、田中はフラフラと後退った。足元にあった小枝を踏み、パキッと小気味良い音が響く。女の血走った鋭い目が、薄闇に浮かぶ彼を捉えた。
沙月は学校の正面玄関で座り込んでいた。待ち合わせをしているのもあるが、補習で頭を使い過ぎて疲れてしまったのだ。もうすぐ七時になるということもあり、周りには人っ子一人いない。
「沙月さん、大丈夫ですか?」
「だいじょばない……」
心配そうに覗き込んでくる朝日に、沙月は力無く答える。すると、廊下の奥から複数人の足音が聞こえてきた。
「沙月、お待たせ!」
聞き慣れた声に顔を上げる。スポーツバッグを下げた宙が、部員の群れから抜けて、沙月のもとに小走りでやって来た。沙月はすくっと立ち上がると、しわくちゃになったスカートを軽く叩いた。
「遅くなってごめんね!」
「いいよ、気にしないで。部活お疲れ様!」
彼と一緒にやってきた顔見知りのサッカー部員にも、同じように労いの声を掛けながら靴を履く。サッカー部員たちに別れを告げると、二人は学校を後にした。
「補習はどうだった?」
「もう無理。しばらく教科書見たくないわ」
そんな話をしながら歩いていると、沙月のスマホから通知音が鳴った。
「誰だろ」
スマホを開いてみると、一件のメッセージが届いていた。差出人は先輩である田中だ。
『たsけてmり』
誤送信だろうか。彼の伝えたいことがわからず、沙月は首を捻った。宙の鞄から飛び出してきた万里が、彼の肩に止まってスマホの画面を覗き込んでくる。
「何だか変な文章ですね」
「ほんとだぁ」
朝日も話が気になったらしく、鞄から飛び出して沙月の肩に乗っかった。
呑気に「何だろうね」と不思議がっている彼らをよそに、宙は酷く難しい顔になる。
「ねえ、これ助けてって打とうとしたんじゃない? まさかだけど、何か危ない目に遭ってるんじゃ……?」
おどおどとした彼の言葉に、沙月たちは神妙な面持ちで見つめ合った
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